第36話 探偵のお仕事 その三



 青蘭とともに悪魔を退治するようになってから、何度か強い瘴気しょうきを見た。

 あまりにも強力な邪気は景色を歪め、黒い霧のように視覚的に認識できる。


 その瘴気が、団地を包んでいた。


「……磯福。おまえ、こんなところでよく暮らしてたな」


 龍郎がささやくと、磯福は泣きそうに顔をひきつらせた。


「やっぱ、いるよな?」

「いるとかってレベルじゃないぞ。ここ」

「龍郎、おまえ、見えるやつだったのか?」

「うん、まあ。見えるようになったっていうか」


 軽自動車を団地の駐車場に乗り入れた。強烈な瘴気のせいで、一瞬、視界にもやがかかったようにかすむ。


「磯福。おまえの部屋、どこだったっけ?」


 磯福は後部座席から三階の窓を指さした。

 外から見ただけで、すでに暗い室内に人影が見えている。生きている人間でないことは、その段階でわかった。なにしろ、首から上がない。


 磯福はそれには気づいていないようだ。ただ、ぼそりとつぶやく。


「ここ、絶対、変なんだよ。なんかいるんだ……」

「じっさいに、どんなことがあった?」

「夜中に金縛りになって……目の前に女が立ってた」

「女? 女の子じゃなく?」

「子どもじゃなかった。どっちかっていうと、年寄り」


 それなら、見間違うはずはない。


(前に、おれたちが見たのは女の子だったけどな)


 しかし、磯福が嘘をついているわけじゃなかった。ざっと見まわしただけでも、そこらじゅうに霊がいる。団地の入口に座りこんだ男の子。駐車場のすみっこには大きすぎる猫みたいな黒い影もゆらめいている。屋上に立っているのは、たぶん、そこから飛びおりた女の子の霊だ。


 つまり、以前、龍郎たちが来たときにくらべても、さらに多くの霊が徘徊している。


「ホーンテッドマンションだな……」

「龍郎。さっき、悪魔を退治するって言ってたよな? なんとかしてくれるのか?」

「まあ……でも、それにしても、おかしい。ふつうの場所に、こんなに霊が集まったりはしない。なんで、こんなことになったのか原因をつきとめないと、一体ずつ退治していっただけじゃ解決しない気がする。なあ? 青蘭?」


 話をふると、青蘭は考えごとに沈んでいたのか、あわてて龍郎を見なおした。


「えっ? ええ。そうですね」

「青蘭、大丈夫?」

「平気ですよ?」


 いや、どう見ても平気そうには見えないのだが。

 なんだか、ぼんやりしている。

 龍郎の胸に、いっきに不安が湧きあがった。


 その思いをさえぎるように、磯福が続けて言う。


「あと、事故が多くなった。階段から落ちて亡くなったり、上から落下した鉢植えが歩いてる人に直撃したり。車のブレーキとアクセルを踏みちがえて歩行者につっこんだ人もいたっけな」


 なるほど。それっぽい霊はウロついている。


「だからもう、金のあるやつは、みんな引っ越してったよ。おれも出ていきたいけど、就職先が決まらないことには……」

「そうか。磯福も内定なかったんだっけ」

「なんか、ちゃんと寝れなくて……ここにいるのがいけないのかなって」

「そうだと思う」


 このままにはしておけない。

 それに今は団地のなかだけだが、放置し続けていれば、もっと広い範囲に悪影響が出る可能性はいなめない。


 龍郎はうなった。

「やっぱり、あの神社が関係してるのかな?」

「神社? 裏見参りの都市伝説の?」

「そう」


 あの神社の噂は真実だった。

 隣接している団地内で怪異があるとしたら、それが原因だとしか思えない。


 車を降りて、以前に見た、神社と団地の境のフェンスのところまで歩いていってみた。神社は立ち木にかこまれ、団地の駐車場に深く食いこんでいる。


 フェンスの近くには今は使われていない古いゴミ焼却炉がある。この焼却炉が聖域をけがしたせいで、団地や神社で奇妙なことが起こるようになったのだ。


 でも、それは以前からある怪異の元凶だ。それだけのせいで、ここまでヒドイ状態にはなっていない。何か他にも要因があるはずだ。


「磯福。春ごろから変なことが起こるようになったって言ってたよな? そのころに団地か神社で、なんか特別なことがなかったかな? 敷地をつぶしたとか、物を移動させたとか、新しく置かれたものがあるとか」


 磯福は腕を組んで考えこむ。


「そういえば、同じ階に住む穂村ほむらさんが言ってたな。神社にあったお地蔵さんがなくなってるって。最近、そういうの持ってくヤツいるだろ? だから、きっと盗まれたんだ」


 言われて、龍郎はフェンスのあいだから神社の境内を覗きこんだ。フェンスのすぐそばにある石灯籠はよく見える。が、それが邪魔になって、奥のほうはあまり見通せない。


「たしか、灯籠の近くにお稲荷さんがあったよな?」

「ああ。あるよ」

「お地蔵様って、その横あたりだったかな?」

「この木の向こう側くらいかな」

「ちょっと、神社側から見てみよう」


 龍郎は歩きかけて気がついた。

 青蘭がいない。

 ずっと車のなかにいると思っていたのに。

 まさか、また、さらわれたんだろうか?

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