第四話 夜に這う

第4話 夜に這う その一

https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16816927619977681537挿絵



 兄の葬儀が終わり、M市にあるアパートへ帰ってきた。

 なぜか、青蘭がついてきた。

 そして、六畳一間の龍郎の部屋の畳に正座し、言うのだ。


「君はさ、面談の内定がもらえなくて困ってるんだろ?」


 なんで、そんなことがわかるのだろうか?

 霊的な力だろうか?


 と思ったが、青蘭の視線はコタツの上に投げちらかされた不採用の通知の山にむいている。なるほど。これは、ひとめでバレる。


「……ち、違うぞ? おれは今まで、わざと親のコネのある会社は受けなかったんだ。うちは旧家だし、コネを使えば、いくらでも採用してもらえる」


 龍郎の弁解を青蘭は鼻先で笑った。


「自分の力だけで採用されようとカッコつけたものの、うまくいかなかったんだろ?」

「いや、そのとおりだけど……傷口に塩をぬりこむのはやめてくれ」

「働き口がほしいのなら、ボクの助手にならないか? サラリーは払うよ」

「助手って……なんのだ?」


 そもそも、青蘭は謎の人物だ。職業の予想がまったくつかない。悪魔の匂いがすると言って、あちこちフラフラしているし、それで報酬を受けているようすもない。たしかに身なりはいいが、怪しいことこの上ない。


 青蘭はまた愚民を見る目つきになった。


「ボクは親の遺産がうなるほどあってね。一生、働かなくても遊んで暮らせるんだよ。だから、今は趣味でオカルト専門の探偵をしている。依頼は受けないんだ。ボクの嗅覚で事件を探し歩いている」


 ああ、やっぱりと、龍郎は思った。

 ろくな商売ではないと予測はしていたが、探偵。オカルト専門。しかも、事件を求めて全国行脚……。


 普通だったら、とうぜん、断っていた。

 知りあいの会社に入れてください、できれば将来のことを考えて一流どころがいいですと、親に頭をさげている。


 しかし、青蘭と出会ってから、ほんの十日ばかりのうちに、立て続けに遭遇した奇怪な事件。あれを青蘭はみずから求めて、とびこんでいるという。


 ほうっておけない気がした。いつか重大な危機におちいったとしても、たった一人では誰にも助けを呼ぶこともできず、人知れず死んでしまう……かもしれない。


 正直、青蘭の身を案じただけだ。オカルトにも興味はないし、それこそ親のコネを使えば、いつでも就職はできる。青蘭の提案するサラリーには期待していなかった。


「わかった。じゃあ、試用期間ってことで、半年ほど働かせてもらうよ。そのあとのことは要相談で」

「いいですよ。じゃあ、月給で、これだけね。経費はボク持ち。働きに応じて手当をつけるよ」


 と言って、青蘭はVサインを作った。

 月給二十万ということだろう。大卒で初任給二十万というのは、とくによくもないが、すごく悪いというわけでもない。贅沢を言えば、もう一声だが、まあ、親を説得してぶらついてるのには適度な金額ではないだろうか。


「で、助手の仕事内容は? 運転免許は持ってるが、運転はまだ慣れてないぞ」

「そうですね。助手が運転してくれるなら、自動車を買ってもいいかな。旅をするのが楽になる。あとはホテルの手配とか、買い物とか。基本的に雑用ですね」

「卒業が三月なんだ。遠くへ行くのは待ってくれ。いちおう大学卒業資格はとっとかないと、親がうるさい」

「いいですよ。しばらく、このあたりを探索するから」

「わかった」

「じゃあ、今夜は、ここに泊めてくださいね」

「えッ? ここに?」

「ここに」

「なんで?」

「ホテルの予約してないから」

「あんた、自宅は?」

「ありませんよ? ボクは定住しない主義なんです」


 さらりと言うが、もしかしたら、火事の経験のせいだろうか?

 あれだけ凄惨な体験を幼時に味わっていれば、トラウマにもなるだろう。住居に対する考えかたが一般人とは異なるに違いない。


(いや、あれは、ただの魔術の見せた幻覚だよな?)


 じろじろながめていると、青蘭が物珍しそうに室内を見まわしながら言った。


「この部屋、変な匂いがしますね」


 このところ忙しかったし、兄がかなりショックな死にかたをしたし、ろくに掃除もしていない。ぬぎすてた洗濯物が部屋の一隅を占拠していた。


 龍郎は急に恥ずかしくなって、あわてて洗濯物をひろいあつめた。


「今、片づけるから」

「そういう意味じゃないのに」


 じゃあ、どういう意味だというのだろうか?

 青蘭の言う匂いとは、まさか、悪魔……。


「変というより、変わった匂い? 君、えーと、龍郎くんだっけ? 最近、拾いものをしませんでしたか?」

「いや、別に」

「じゃあ、誰かにプレゼントをもらったとか?」

「とくにないけど」

「骨董屋で買い物をしたとか?」

「骨董、興味ないなぁ」

「ふうん」


 青蘭は納得のいかない顔をしているが、龍郎は青蘭に名前を呼ばれたことが地味に嬉しかった。これまで愚民だったから、ずいぶん格上げされたものだ。愚民からの助手。実態はパシリのようなものだが、まあよかろう。


 ひととおり、部屋を掃除したあと、洗濯物をまわしているあいだに二人で外食に出かけた。近所のファミレスだが、青蘭はとくに文句も言わなかった。


「青蘭は何歳?」

「なんで?」

「雇い主のことは、もっと知っときたいだろ?」

「ああ、そういうことですか。他意はないんですね?」

「他意ってなんだよ?」

「今までの助手は、夜中になると、ボクのベッドにもぐりこんできたから」


 あやうく、龍郎はコップの水を青蘭の美しい顔に吐きかけてしまうところだった。ぐっとこらえて、飲みこむ。


「……なんで、そんなヤツらを雇うんだ」

「雇う前はそんなふうに見えないんですよね」

「…………」


 まあ、これほどの美女だ。

 寝食をともにしていれば、つい理性がゆるんでしまう日もあるだろう。


 それにしても、ベッドにもぐりこまれたあと、どうなったのかが気になる。気になるが、聞かないことにした。

 いくら青蘭が絶世の美女だからといって、先日、出会ったばかりだ。いつも愚民呼ばわりされるし、ぜんぜん、そんな気分になんてなれない——と、自分に言い聞かせる。


「……で、何歳?」

「ああ、二十です」


 態度がふてぶてしいから、もっと上だと思っていた。


「なんだ! おれより年下か。青蘭はなんで、悪魔なんて探してるの? それに退治するときとしないときがあるのは、なんで?」


 青蘭は答えないで、逆に反問してくる。

「そういう龍郎さんは、いつから見えるようになったの?」

「え? 悪魔がってこと? そんなのつい最近だよ。自分でもわけがわからない」

「何かきっかけがあったのかも?」

「きっかけ……」


 最初に怪奇な現象にまきこまれたのは、あの電車のなかだ。

 青蘭に初めて会った日。


(むしろ、青蘭がきっかけなんじゃないか? コイツに会ったから、おれのなかで何かの歯車が動きだしたのか?)


 青蘭を見た瞬間、夢の世界に迷いこんだような心地になった。

 現実を覆う薄皮を一枚つきやぶって、向こうがわに突入したような、そんな感じが……。


 きっと、青蘭に出会わなければ、龍郎は平凡な生涯を送ったのだろう。あの日が運命のターニングポイントだった。


 だからだろうか?

 見つめあっていると、たがいの心臓の鼓動が呼応しているように高鳴る。姿形は異なるものの、彼女と自分は同じ生き物だと、遺伝子が語っている。


 妙にそわそわした落ちつかない気分で食事を終え、アパートへ帰った。

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