ハッシャバイ

メンタル弱男

ハッシャバイ


『あの、、、。ここは一体どこですか?』

『さぁ、どこだろうね。』


 ぼんやりと白い空間の中、僕の数メートル先に立つ黒い男。その輪郭、白と黒の境界線は溶け合ってはっきりしない。それほどまでに霧のようなものが立ち込めている。


 ここはどこなんだろう?僕はただ椅子に座っている。少し深めの木製椅子で座面には硬めのクッションが敷いてある。特別座り心地が良いというわけではないのに、どうしてもここから立ち上がろうという気が起きない。


 そしてもう一つ気になる事があった。この空間全てを覆い尽くすように流れ続ける音楽。この曲は、、、


『すみません、今流れている曲って、、、』と、僕が言い終わらないうちに男は

『The Mysticsのハッシャバイ。』なのだと、即答した。


 このハッシャバイという曲は僕も知っている。子供の頃、家にあったCDで聴いた事がある。コーラスが美しくリズムが心地良い曲で目を閉じると様々な色がゆっくりと広がる。だからこそ、この奇妙なモノクロの部屋には全く相応しくないような気がするが、、、。


 僕はこの曲が繰り返し流れ続ける事に違和感を抱いていた。プレーヤーのリピート機能のように何度もハッシャバイが再生される。それを目の前の男と二人、じっと動かずに聴き続ける。


『僕達は今何をしているんでしょうか?』

『これはイメージであり、作品である。』


 男は答えにならないような曖昧な言葉を、慎重に選ぶかのようにゆっくりと喋った。そしてまたしばらく黙り込んだ。


 どれくらい時間が経ったのか。いや、ここでは時間という概念に関しては、『ハッシャバイ』だけが頼りである。

 

何の前触れもなく男が『テーマは心。足下を見てごらん。』と言うので、指示の通り目線を下ろした。


 本当に全く気が付かなかったが、くるぶしのあたりまで水が溜まっている。冷たくはないが、やはり足を少し動かしてみるとパシャパシャとしぶきが上がる。

 どこから水が入ってきたのだろうか、と考えていると、水位が少しずつ上がっている事が分かった。

 あれ?何でだろう。。。

 それにも関わらず、椅子から一向に動く事ができない。


『君はどうして立ち上がる事ができない?』

『何故か動けません。僕は逃げる事ができないんですか?』

『できるのかできないのかは私には分からない。』


 僕はなぜ動けないのだろう?そしてここは一体どこで、この男は何者なのだろう?分からない事ばかり増えていく。そしていつの間にか、その疑問が一つずつ不安となり、心は既に息切れしていた。


『苦しい。もう駄目だ、、、』


 僕が限界を感じたその瞬間、突然ハッシャバイが止んだ。その静寂に、心を突き刺すような感触があり、僕はふと別の世界に放り込まれたような錯覚を起こした。


 あれ???


 僕は職場の廊下を歩いている。


 そうだ、もともと仕事中だったはずだ。僕は今まで何をしていたんだろうか?


 ただ右ポケットに手を入れるとクシャクシャに丸められた一枚の紙があった。広げてみると、、、


『二十一回目のハッシャバイが止む時。』


 ただ一言、乱暴な文字でこう書いてあった。。。

 



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ハッシャバイ メンタル弱男 @mizumarukun

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