第3話 別れ
「ばぁちゃんが...ばぁちゃんがさっき亡くなった。」
母は開口一番そう言った。
「やっぱり...」
「...え?!」
驚いた母が聞き返す。
「...やっぱり、最近調子悪かったん?」
必死に取り繕いながらも、僕の頭の中は白くぼやけていく......。
子供のころ、母の仕事が忙しく、僕は学校から自宅ではなく祖母の家に帰っていた。
公園で遊び疲れて薄暗くなったころ、
「ただいまー!」
と叫びながら暗い玄関を小走りに抜けて居間に入ると、いつも机一杯に料理が並んでいた。
「いっぱい食べて、いっぱい太りなさい。おかわりは?」
最後の米の塊を何とか口に押し込むと、ばぁちゃんはいつも優しく笑いながら、そう言った。
「ありがとう。でももうこれ以上は食べれん」
僕はパンパンに張ったお腹をさすりながらそう言った。
ばぁちゃんに悪いような気がして決して残さなかったのだが、それを見たばぁちゃんは足りないと思うのだろう、量は日に日に増えていった...。
「ばぁちゃんも食べよ」
僕がそういうと、ばぁちゃんはいつも
「あたしはいいのよ。若いあんたが食べなきゃ」
と言った。
帰宅途中、迎えに来た母にその話をした。
「昔はお腹いっぱいご飯を食べるなんて出来んかったけんね。ばぁちゃんはあんたがお腹いっぱい食べるのを見たら嬉しいんやろ」
と母が言った。
―そうか...お腹いっぱい食べることが、ばぁちゃん孝行になるんだな。
僕は子供心にそう感じた......。
「あんた、すぐ帰って来れる?」
と電話越しに母が尋ねる。
「大事な仕事があって...週末まで残らないと…ごめん」
僕は茫然として母に伝える。
―あんた、ばぁちゃんと仕事と、どっちが大切なの!
と詰め寄られるかと思ったが、母は
「そう...」
と悲しげに言っただけで、それ以上何も言わなかった。
ばぁちゃんが入院したことは、前々から聞いていた。
「肺炎自体はそんなに悪くないんやけど、ご飯を食べないから。食べないからどんどん体が弱って、このままやとマズイって先生が…」
と母は言っていた。
僕は―病気自体が重くないのであれば、きっと大丈夫だろう、と軽く考えていた…。
夕刻の短い打ち合わせを終えホテルに戻ると、ひどく疲れていた僕はすぐにベッドに横になったが、満腹の僕を満足そうに眺めるばぁちゃんの顔が浮かんで深夜まで寝つけなかった。
僕は急に酒が欲しくなった。
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