Encore:White(アンコール:ホワイト)

七四六明

幾度でも

 魔王によって作られた生物兵器、ホワイト。


 純粋な戦闘能力でも魔族の将軍に引けを取らない上、打ち倒した敵の魂を己の中に保管。死んでも、保管した魂を消費して生き返る蘇生能力を持つ。

 今の彼女は、世界各地から勇者の一行と共に魔王を倒すべく進軍した英雄、蛮勇の魂を二〇保管し、自分の魂を含め、二一度の死を迎えなければ真の死を得られない状態だ。


 故にあと、二〇回殺せば死ぬ。


「どうした。吾輩の動きが、未だ読めぬ訳ではなかろう」


 黒炎に包まれ、焼かれるホワイトは両膝を付き、項垂れたまま動かない。

 が、ゆっくりと持ち上がった顔の奥で青い双眸が輝くと彼女を包んでいた炎が払われ、切り落とされていた隻腕が生えた。


〖□□□――!!!〗

「その調子だ」


 燃え上がる魔王の城。

 他の面々も、中々に激しい戦いを繰り広げていたが、二人程ではない。


 流れる白の長髪を乱し、四足の獣が如き猛進にて迫る生物兵器の繰り出す蹴りを、人間と魔族の混血たる魔人は、文字通り一蹴する。


 彼女の着地地点が盛り上がり、鋭利な刃と化して首を貫き、二度目の死を与える。

 三度目の生を受けた彼女の魔力により、粉砕された瓦礫を躱しながら肉薄した魔人の右手が彼女の心臓を貫いて殺したが、四度目の生を受けた彼女に頭突きで飛ばされ、背中から倒れた頭を乳白色の細足に予想を遥かに超える質量で踏み付けられる。


 深く沈んだ頭をもう一度踏み付けようと上がった足を掴まれ、投げ飛ばされた女の頭を魔人の足が蹴り砕き、脳漿をぶち撒けた頭を鷲捕まれる。


 五度目の生を受けるまでわざわざ待って、彼女が手を外そうともがき始めた瞬間に黒炎で焼き殺し、五度目の生を五秒と持たせなかった。

 そのまま、捨てるように手を放し、燃え盛る彼女を蘇生する前に蹴り飛ばして、崩れ落ちる瓦礫の下敷きにする。


「残り一六、だな。この調子では、すぐに届いてしまうぞ」

〖□□□□――!!!〗


 白い魔力を爆散させ、圧し掛かる瓦礫を吹き飛ばした女の咆哮が轟く。

 両手に魔力と光線とで作り上げた剣を握って、魔人に向かって斬り掛かって来た。


「そうだ、それくらいはして貰わねばな。半人とは言え、吾輩とて魔族。滅ぼす同種が脆弱では、面白みに欠ける!」


 振り下ろされる剣撃を、魔人の腕が受ける。

 伸びた爪が、牙の如く刻まれた鋭い刃を向けて、光の剣を受け止めた。


 半血のアッシュでは右手だけしか出来ないが、両手剣が相手だろうと、大抵の相手には事欠く事はない。丁度良いくらいのハンデになるか、五分になるかのどちらかだ。

 そして今回は、限りなく後者に近い接戦となった。


 薙ぎ払われた剣撃を飛んで躱し、刃の上に着地。自重で床に叩き伏せて、低くなった眉間につま先を突き立て、衝撃が脳を貫いて頭を吹き飛ばす。

 崩れ落ちた体は朽ち果て、首から生えた七度目の生を受けた体が、蹴り飛ばされた首から生えて来る。

 生えたばかりの両腕から放たれた光線が反り返った魔人の頭上を駆け抜け、二人のいる階層を天と地に隔てた。


 同時、外へと飛び出したホワイトへと、魔力を帯びた瓦礫が放たれる。

 魔弾と呼ぶには大き過ぎる巨塊が、隕石が如く飛来。ホワイトはそれらを躱し、飛び上がり、時に足蹴にしながら何かしらの魔法で空中にぶら下がっているアッシュへと距離を詰める。

 が、仕掛けられていた罠が届く直前で作動。

 空間諸共、ホワイトの体を両断した。


 それでもなお保管した魂を消費し、再生するホワイトは立ち向かって来る。

 光と魔力で槍を形成し、投擲。罠の有無を確認すると同時、アッシュをその場から動かし、自分の元へと落下。引き寄せて、打つ。


 が、袖の奥に隠されていた鋼鉄の針が敷かれた籠手に阻まれ、殴った拳が裂けた。

 更にゼロ距離で繰り出された破壊光線が、ホワイトの体を一瞬で呑み込み、塵にする。


 それでも再生されたホワイトは未だ、牙を剥いて唸っている。

 宙を闊歩するアッシュの眉根が、ピクリと痙攣した。


「貴様、まだ吾輩に勝てる気でいるのか? もう三度死んだ。あと一三度で貴様は完全に滅ぶ。それとも……とは思っておるまいな」


 ホワイトは飛び掛かって来る。

 獣の如き敏捷性で、アッシュに対抗するかのように、光の刃を爪に変えて突き立てて来る。


「愚者め」


 様々な角度から飛び込んで翻弄しながら、結局は正面から攻撃してきたホワイトの脳天に拳を突き立て、数メートル下の地面に叩き落とす。

 体が地面に叩きつけられた直後、落下速度を利用した踵落としが、脳天を叩き割った。

 蘇生しようとする彼女の頭に、魔人の足が幾度となく叩き込まれる。


「貴様。今まで何度、吾輩に殺された。この戦線でもすでに九度。それより以前から、吾輩と貴様は戦い、殺し合ってきたが……すでに、吾輩も数えるのをやめたぞ。厭きたからな。貴様を殺した数など、数えるのも億劫だ。冷血無残とされた魔族の血を引く吾輩でさえ、億劫と感じられる程に、貴様を殺した。なのに、何故だ。何故貴様は、未だ吾輩の前に立ち塞がる――!」


 十回目。


 蘇生を遂げたばかりの頭を踏み潰す。

 靴はもう血と脳漿と粘着質な体液にまみれて、一歩踏み出す度に耳を汚すような音が聞こえて来る。


「主たる魔王の命令が故か。だが、無駄な事だ」


 未だ歯向かって来る腕を握り折って、背中に手を圧しつける。

 刃の爪が刺さり、内部を抉った先で走った電気ショックが細胞を焼き、十一度目の死を与えた。


「貴様の主は、吾輩の友である英雄が倒す。故に貴様に命令を遵守する意味はなく、この戦いさえ意味はない。なのに何故、勝機の片鱗さえ掴めていないにも関わらず、幾度も立ち上がり、向かって来る」


 蘇生が完了した体に、爪先から毒が撃ち込まれる。

 体内組織を破壊し、激痛の後に絶命へと追い込む致死の毒にて、生き返ったばかりのホワイトは一言も遺せず死んで、また生き返る。

 が、体に残った毒が二度、三度と殺し、完全に排出されるまでに五度死んだ。


「これで、貴様は一六度死んだ。未だ、戦意があるか」

「わ……た、しは……」

「ほぉ。まだ喋れたか。狂化の魔法で理性を失ったと思ったが」

「私、は……もう、引き返、せない……!」

「だから吾輩に殺されるのか。下らん」


 黒炎が再び、ホワイトの体を焼く。

 衣服は燃え果て、再生を遂げた乳白色の肢体が露わになるが、ホワイトは屈しない。

 再度飛び掛かろうとして、アッシュの魔眼に囚われる。


「貴様の自暴自棄に付き合ってやる暇は、吾輩にはない。貴様に戦意が無ければ、互いにこのような無駄は省けた物を。死にたいのなら勝手に死ね。付き合わされる身も案じて欲しい物だ」


 心臓を止められ、血流が停止。

 酸素不足で体が死滅し、死んだ。

 再び蘇生はされるものの、それは体だけの話だ。心まで蘇れる訳ではない。


「これで一八。いよいよ後が無くなって来たぞ。そら、どうする?」


 焼かれ、裂かれ、潰され、侵され、締められ、殺された。

 この戦いだけで、もう一八回も殺された。


 それらの恐怖と苦痛が渾然一体となった今、彼女の中で渦巻くそれを形容し得る言葉など、果たしてあるだろうか。


 絶望、と端的に言い表しても良い。


 だが足りぬ。

 彼女の中で混沌と渦巻く感情を形容するのに、絶望の二文字は簡素に過ぎる。


「泣きながら飛び掛かられてもな」


 本当に、何と言うのが明確なのだろう。

 今の彼女の、この惨めにも命令を守って戦おうとする姿。もはや戦いにすらなっておらず、ささやかな子供の抵抗のようにすらなっている彼女の一九度目の死する姿。

 本当に、何と言い表せば良いのだか。


「私は、たくさん殺しました……たくさん死にました。たくさん殺した代わりにたくさん死にました。そのために生まれましたそのために作られました。だから、だから――!」

「何度言えば、貴様の単細胞構造の脳でも理解出来る。魔王は死ぬと言った」


 二〇度目の死。


 もはやそこに、死をも恐れず向かって来る生物兵器の姿はない。

 死に怯え、力に震え、咽び泣く。そこらの無力で非力な少女と変わらない。

 蘇った彼女はもはや、ホワイトと言う生物兵器ではなくなっていた。


「魔王が死んで、貴様も死ぬか。まぁ、作られても貴様の生涯。始めるも閉めるも自由だがな。こうして吾輩が自ら手を差し伸べてやっていると言うのに、何故取らない」

「私は……私が殺した命の、責任を……」

「そんなもの、すべて魔王になすり付けてしまえ」

「私はこの手で、たくさんの命を、殺して……!」

「そのような手、先ほど吾輩が燃やしてやったではないか」

「私の魔法が、たくさんの命を壊して……!」

「そうやって自分を否定する理由は見つける癖して、肯定するのは下手くそか。馬鹿馬鹿しい」


 魔人の手が髪の毛を掴む。

 もはや無抵抗の少女一人、持ち上げるのは容易い。


「よく考えてみろ。今吾輩に傅けば、貴様の罪はすべて。すべては平和な世のため焼べられた偉大にして貴い犠牲だと。殺す事しか能のなかった可哀そうな少女の、無知故の殺人だったと。すべては貴様を作った魔王の仕業であり、それを退けるため戦って奪った命はすべて、英雄の責任となる。故に貴様の罪も、吾輩のそれと被せてしまえる」

「本当、に……?」

「あぁ、嘘は言わぬ」


 嘘だ。


 そんな訳がない。

 だが、世間はすべてを魔王の仕業にするだろう。打ち倒された将軍の仕業にするだろう。

 そしてその後の世の中が上手くいかなければ、英雄のせいにするだろう。


 だからそれでいい。

 面倒な責務も責任も。地位も名誉も、勲章も、欲しがる奴にくれればいい。

 そうして幾度も、魔族と人間の戦争は繰り返されてきたのだから。もう一度繰り返したところで、何の問題がある。


「本当に、助かるのですか……私、私は……」

「あぁ、助かる。助けてやろう。だから、もう、終われ」


 少女は泣く。

 二一度目の命にて、ようやく戦う事を止めた。


 しかし結局、人間と魔族の戦いはまた、繰り返されるのであろう。


 そう、幾度となく――

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Encore:White(アンコール:ホワイト) 七四六明 @mumei

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