act.6 やはり会っている
正直たりない。しかし、足りなかったらもっとくれというのは、流石に浅ましい事だと分かる。
「お前さん、成なりがでかいからな。これ以上、カレーパンを渡すわけにはいかないが、これもやろう。うまいぞ」
煙管をくわえながら、やつはビニール袋の中をかき分けて手にすると、こちらに渡す。
細長いそれは、同じメーカーのロゴが入ったパンだった。柔らかいコッペパンの中に、バター風味の甘いクリームの入った、これもまたお馴染みのものである。
「あ、ああ。ありがとう」
俺は恐縮し、オグシエモンに頭を軽く下げた。そして手にしたパンの封を切ろうとした時にふと思い出し、俺はその長細いパンをダッシュボードに置いた。
「食わねぇのかい」
オグシエモンが聞いてくる。
「ここからの道中、長いだろうからな。ゆっくり食おうと思って」
やつは『違いない』と笑いながら言った。
何となくそこからぽつりっぽつりと、俺とやつとの身の上話がはじまった。
何のことはない、さして重要でもなく、オチも見えない話ばかりだった。
「ところで、郷里くにといったが、どこまで帰るんだ?」
とりとめのない会話の中で、俺は何となくオグシエモンに聞いた。
それに意味があるとすれば、やつに興味があったわけでもなく、このままだと会話がなくなってしまいそうだからという1点だけだった。
「ここからずっと北の漁村さ。そこにカカァを待たせているからな。早いところ帰ってやらねぇと」
北の方で、漁村。ということは、海沿い?
もしかしてそれは――。
言いかけて俺は音場を飲み込んだ。
「ははあん、何考えているのか分かったぜ。なあに、心配いらねえよ。漁村とはいっても、うちはちょっとした山の上にあるからな。まぁ、あの大水が暴れたせいで、村人や家の辺りが、どうなっているかまでは見当つかねぇが……」
車載の灰皿に吸い終わった刻み煙草を打ち捨てながら、オグシエモンは少し寂しそうに笑った。
「大丈夫だ。きっと」
俺はそう答えるしかなく、なんと余計なことを聞いてしまったのだろうと、少し後悔した。
「さて、そろそろ良い頃合いだな」
オグシエモンはそう言うとドアを開き、ぴょんと跳ねながら車外へ降りた。
「もういいのか?」
俺はやつに聞いた。
「充分休んだよ。急がねぇと、次の宿場まで行くのに、夜が明けちまう」
そう言いながら、ドアを閉めようとしたやつは、ふと手を止めた。
「そうだ思い出した。お前さん、やっぱり一度会ってるや」
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