21回目のプロポーズ

春海水亭

ループアンドループ

1.

「好きです、付き合って下さい!」

我ながら、かなり古くて、かなりシンプルな告白であると思う。

だが、私は先輩のLINE IDを知らず、ついでに言えば電話番号も知らず、

根本的な問題で言えば、そもそも私達は知り合いではなく、

私が一方的に先輩を知っているだけである。

故に、先輩を屋上に呼び出して告白するという、

かなり時代錯誤な――あえて古き良きと言いたい告白になってしまった。


思いっきり下げた頭を、私は上げるタイミングを失っていた。

先輩は私の告白に対して

「よい」というでも「ごめん」と言うでもなく、沈黙で以て応じている。


深々とお辞儀をしたのは、私が礼儀正しいからではなく、

もしも迷惑そうな顔をされたら、と思ったら恐ろしくてしょうがなかったからだ。


この沈黙が恐ろしくて、たまらない。

先輩の返事が聞きたいのに、聞きたくなくて、たまらない。

もういっそ、顔を伏せたままこの場所を逃げ出してしまいたい!

そう思った瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。


このタイミングで大変申し訳無いが、自己紹介をさせていただきたい。

私の名前は栗本くりもと 縷々るる。かなり可愛い(はず)の14歳、JC。

趣味はスイーツを食べることと、先輩を見ること、

そして、特技は――ちょっとだけ時を巻き戻せること。


はじめては7歳、アイスを4回も5回も同じように落として気がついた。

結局、私がそういう能力を持っていると認識するまで3年かかった。


この能力でわかっていることは3つ。

私がかなり後悔した時に、時間を巻き戻して19回のやり直しが出来ること。

かなり、キリが悪い数字だけれど、

最初の1回+19回のループで合わせて20回なので案外キリが良い。

次に大して時間は巻き戻せないので、

テスト終了後からテストが始まった時にまで巻き戻すことは出来ても、

テストが始まる前に戻って、もう一度勉強をやり直す――なんてのは出来ないこと。

そして、わりと自分の意思とは無関係に発動すること。


何故、私にだけこんな凄まじい能力があるのかわからない。

いや、私以外にいるのかもしれないけれど。


もしかしたら、いつの間にか使えなくなってしまうのかもしれない。

ただ、めちゃくちゃに役に立つものでもないので、それでも良いかもしれない。


2.

「それで、今日はなんの用かな?栗本さん」


いずれにせよ、時間は巻き戻った。告白をする前だ。

私は今、頭を下げる前に戻って先輩の端正な顔立ちを見ている。

天気は最高に晴れていて、先輩の顔は少し火照っている。

おそらく、私の顔も別の理由で赤くなっているのだろう。


テストはどれだけ散々な出来でも、結果を受け取らなければならないけれど、

告白は――最初から、しなければ、少なくとも傷つくことはない。

折角、時間を巻き戻したのだから、

ここで私は告白を最初からしなかったことにして、逃げる。

それで、私の精神の健康は守られるというわけだ。


「好きです、付き合って下さい!!」

私の理性はそのようなことを考えていたが、

私の中の思いはとっくに溢れ出して、頭を下げさせていた。

気づけば2回目の告白を行っている。


やはり、最初の時と同じように――先輩は沈黙で以て、私の告白に応じていた。

返事を聞かなければならない、顔を上げなければならない。

私は勇気を以て、顔を上げようとして――


3.

「今日はなんの用かな?栗本さん」

「えーっと、好きみたいな……」

やらかしてしまったらしい。私は顔を覆った。

私のヘタレっぷりに我ながら情けなくなる。

親の顔が見てみたい!おうちに帰りたいという意味合いで。

ああ、もう――勘弁してよ!!


4.

「あれ、今日は何の用かな?栗本さん」

「好きです……付き合って下さい……」


私は頭を深く下げ、小声で呟いた。

完全にさっきの巻き戻しを無駄にした上に、

今回の告白は私自身の気力が足りてない。

駄目だ、この告白はもう一回やり直し!


5.

「栗本さん、今日は何の用かな?」

「好きです!!!!!付き合って下さい!!!!!!」

私は自分の全てを出し尽くすように気合を入れた大声を発した。

告白というより、ほとんど怪獣が吠えるようなものだと言って良いかもしれない。

だが、これは――あんまり、可愛くないかもしれない。

ああ、もう、完全に反動が出ている!私の馬鹿!


6.

「……く、栗本さん。今日は何の用かな」

「私、先輩のことが好きなんです。付き合って下さい!」


自分に、アカデミー主演女優賞を送りたくなった。

かなり、いいんじゃないか、と思う。

なんというかループでの経験を無事に活かせたのでは無いかと思う。

やはり、先輩からの返事は無い。

私は覚悟を決め、頭を上げ、先輩の顔を見ようとする。


7.

「それで、今日はなんの用かな?栗本さん」

屋上、何も遮るものはなく陽光が降り注ぐ。

先輩は太陽の熱に、ほんの少しだけ顔を赤らめて、おそらく私も顔を赤くしている。

結構、完璧な告白だったと思うし、気合も入れていた。

それでも、何故か巻き戻しは発動してしまった。

ううむ、何でだろう。

まぁ、私が完璧に操作できているわけじゃないから、しょうがないけど。

いずれにせよ、私は気合を入れ直した。

「ずっと見ていました、私は先輩のことが大好きです」


進路希望を女優にしても、おそらく成功するだろう。

私はよどみなく、告白の言葉を吐き出した。


8.

「えええええええええええ!?」

時間が巻き戻った瞬間、先輩が言葉を発するよりも早く、私は叫んでいた。

「どうしたの、栗本さん!?」

「いや、私先輩のことが好きで、結構気合を入れてて!

 これって、どういう――」


9.

「本当にどうしたの!?栗本さん!?」

時間が巻き戻り、私は漬物石のようにその場にうずくまっていた。

「いや、私、先輩のことが好きなんですけどね……」


なんというか、なんというか、

私は確かに巻き戻しを自分で完璧にコントロール出来ているわけではないが、

だからといって、前々回の奴はかなり良かったと思う。

私は覚悟を決めきっていたと思うし、私の持ちうるものは恐らく出し尽くした。

それでも、深層心理的なものが前に進むのを許さなかったというのか、私の馬鹿!


10.

「今日はどうしたの栗本さん」

「……先輩のことが好きです」

時間が巻き戻り、間髪をいれずに私は告白した。

気合を入れすぎて逆に作り物っぽかったのが、駄目だったのだろうか。

なんというか、自分で自分がわからない!


11.

「好いとうと!」

12.

「好きっちゃ!」

13.

「好きったい!」

14.

「好きじゃあ!」

15.

「好きやねん!」


16.

いや、どないやねん!

私は心のなかで自分にツッコミを入れる。

どうせ繰り返すんだろうと思って、

使ったこともない方言で告白してるし、実際繰り返している。


「どうしたの今日は?」

「おほほ、今日は先輩のことが好きって言いに来ましたの」


何度聞いたかわからない先輩の言葉に、私はおしとやかに応じる。

いや、おしとやかはそういうことではないだろう。


18.

「それで、今日はなんの用かな?栗本さん」

「えーっと、ですねぇ」


私は数学の期末試験に20回挑戦していたことを思い出していた。

そもそもわからないのだから、繰り返したところで解けるわけがない。

今回の告白も同じような気がする。

とにかく私は先輩に20回告白する。

絶対に解けない問題だし、心の奥底ではビビりまくっているのかもしれないけれど、

それでも、後がないまで好きって言い続ける。

それで――それでいいのだろうか。


「好きなんです、先輩のこと」

私は先輩の目をみて、しっかりと言った。

先輩はずっと黙っていて、私は許しを乞うように頭を下げていた。

けれど、それじゃ駄目だったのだろう。

先輩に勇気を以て向き合う、それこそがいちばん大事な――


19.

「なんでだよ!?」

「どうしたの!?栗本さん!?」

私の一世一代の勇気は、無慈悲な巻き戻しでなかったことになった。

なんで、こんなに使い勝手が悪いんだ!


「私、先輩のことが好きなんですけどね!なんか!上手く行かないんですよ!!」

もういい、次の繰り返しで最後だ。

泣こうが笑おうが、もう巻き戻ることは無い。


20.

「く、栗本さん……」

私は先輩の目を真っ直ぐに見据えた。

降り注ぐ陽光、先輩の頬も私の頬も赤く染まっている。

「私、先輩のことが大好きです」


私は言った。言い切ってやった。

後悔はしない、絶対に――さぁ、先輩。

どうか、答えを聞かせて下さい。

私がそう思った瞬間、ありえるはずのないことが起こった。


21.

「あれ!?」

「どうしたの栗本さん!?」

「いや、あれ……!?」


起こるはずのないループが発生している。

私がいきなり能力の新しい扉を開いてしまったのか、

そうならば――巻き戻せる回数じゃなくて、巻き戻す時間の方を伸ばして欲しい。


「いや……」

それよりももっと深刻なのは100回も1000回もループに閉じ込められることだ。

一生テストを受けなくてもいいが、その人生は流石に御免被りたい。


「先輩……」

実は私達は時間のループに閉じ込められました、そう言いかけて言葉を止める。

私は先輩の顔を見ているつもりだった、けれど、実際は見ていなかったらしい。

先輩は顔を赤く染めて、私を見ていた。


「私に何か言いたいことありますか?」

「…………」

先輩は長く押し黙って、それでも何かを言おうと口をもごもごとさせていた。


私は考える。

時間を巻き戻せるのは、私だけじゃないかもしれない。

そして、自分がそうであると気づいていないのかもしれない。

その相手ははっきりとした言葉で告白に応じようと、

何度も挑戦しているのかもしれない。

そして、その相手は目の前にいるのかもしれない。


私は先輩が口を開くのを待った。

おそらく、私はそれに21回目の告白で返すだろう。

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21回目のプロポーズ 春海水亭 @teasugar3g

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