終
「ダメ!!」
声が出るより先に、手を伸ばした。人間の瞬発力の限界を出しきった。だが、その手が間に合うことはなかった。瞬発力の限界を出しきった身体とは裏腹に、こんの手が小さく開いた口の中に魔法をかける姿が、とてもゆっくり、まるで無風の日に空に揺蕩う雲よりもゆったりとした時間に感じた。こんの小瓶を掴んだ手を握りしめた時は、既にこんは、その薬を飲みこんでいた。こんはゆっくりと膝を折り、ぺたんと床に座り込む。
「こん、こん、行かないで…!」
「ごめんね、ママがまってるの。」
どこか諦めたような顔で、こんは答えた。
「こんの、親になりたかったの!!こんを愛したかったの!!」
「ほんとう?なら…もし、てんごくで、ママにあえなかったら、そのときは。」
こんの目が真っ直ぐこちらの目を見る。その視線は、車の窓から外を見る時と、回転寿司のレーンで獲物を待ち構える時と、今度水族館へ行こうと約束した時と同じ、その幼さ相応に輝いた瞳だった。
「そのときは…うまれかわって。
こんどは。…のおうちの…こに…。」
こんの声がか細くなる。パニックを起こした自分の息遣いや鼻をすする音で、こんの言葉が聞こえない。
「なぁに?なぁに!」
「ーーーーーー。」
こんの身体が、重くなる。そこにあった、小さくて大きな魂がなくなったはずなのに、その重みは減るどころか増えている。不思議な感覚だった。
こんの亡骸を抱えたまま、何時間経ったのだろうか。はたまた数分だろうか。叫んでも叫んでも、土砂降りの雨がその声をかき消していった。
これが、この身に起きた、たった一日の物語。
こんが、息を引き取る寸前に言った言葉は、結局上手く聞き取れないままだった。そんな自分にもう一度、こんに会う資格なんてない。この世でも。勿論、死んだ後にも。だから、天国へは行かない。その代わり、こんの事を理解してくれるお友達を沢山見つけてあげる。こんが、寂しくないように。
今日も雨。
スリッパを履かずに歩く床の冷たさが、今の自分には自然と心地よい感覚に思えた。冷蔵庫のコーヒーを取り出すと、マグカップに注ぎテレビをつけた。朝の情報番組が、最近の出来事を話し始める。
コメンテーターとは名ばかりのタレントが口をとがらせて口上を述べている。
そんな最近のテーマは専らある事件についての話題だ。アナウンサーが事件について纏めたフリップを読み上げる様を横目に、荷物をまとめる。
「次は、児童連続不審死事件についてです。昨日も、新たな児童の不審死が発覚しました。これで、不審死を遂げた児童は最初に母親と共に死亡した児童を含めて9人となり、それに伴い、警察も本格的に捜査を、、、ん?ここで速報です!この連続不審死について、警察の発表によりますと、不審死した児童は全員、親もしくは保護者から日常的に虐待を受けていた可能性があるとして、、、」
ピッ。プツン。右手で押したリモコンからの命令で、まるで死の魔法のようにテレビが消える。そろそろ、家を出なければ。
「友達100人出来るかな。」
そう口ずさみながら。
雨降る心と陰った瞳 雪。 @konayuki_haku
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