仕事で培った薬品の知識に英検準2級相当の英語力と、スマホの翻訳機能を駆使して、最初の五行程を何とか読解した時、戦慄した。これは、この薬は。今日と言う一日が蘇る。こんと出会う、その運命の瞬間の直前。半分寝ぼけた頭で聞いた朝のニュース。中学生の自殺。遺書は見つかったが不審死。事件性はなく、イジメにあっていたため自殺と断定したとか。その学校は確か、ここの近所だった…。

政治家の汚職。

内容は確か、未認可の薬を医療関係者から賄賂を貰ってどうのこうの。

そして、こんの持っていた幸せの薬。

パズルのピースが繋がっていく。疑惑が核心へと変わる。


その時、こんが細々と言った。

「なんで。しあわせになるおくすりは、ちゃんとのんだのに。ママ、ママ。」

「その薬は…」

間違ってはいない。それは、或る人にとっては救済の薬。1度きりにして、究極の魔法。日本では未認可であり、その国民性から絶対に認可される筈が無いもの。


その薬は、安楽死の為の薬だった。


どんな理由があってこんの母親がこの薬を手に入れたのかは分からない。想像しても答えなんて出る訳がない。こんが泣きながら取り出したその『しあわせになるくすり』は、今この手に持っている他国の文化の結晶たる内容を記した暗号書に載せられた錠剤の図と全く同じもの。息が、上手く出来なかった。残酷な真実の刃が喉元に突き立てられる気分だ。いや、最早その刃は喉元を貫き、気管を塞いでいるかの如く、脳への酸素を塞き止めている。つまり、こんの母親は、どんな意図かは分からないが、自分が愛せなかった我が子に幸せになる薬、と言って死の薬を渡した。そして、恐らくその『救済の魔法』に一縷の思いを託したこんは、その薬を愛する母親のピルケースに入れた。家族が幸せになりますように。そんな願いを込めて。ピルケースの一日分の薬は、平均8錠。日によって増減があった。そしてその薬の多くは、夕食後、或いは就寝前に飲むものだった。こんが部屋に入るまで、部屋の電気がついていないと言う事は、母親はピルケースの中身を暗い部屋の中、確認をすること無く飲んだはずだ。


つまり、こんは幸せを願っていた母親に『魔法』をかけてしまった。その『魔法』は母親の身体に正しく作用した、と言う事になる。こんに何と説明すれば良いのだろう。身体が妙に震え、歯がカチカチと鳴り、暑くもないのに流れた汗が背筋を凍らせる。

「こん、その薬を貸してほしいの。」

残酷な真実の刃を、やっとの思いで押し退けて、ゆっくりと、口を開いた。

「どうして?」

「いいから、貸してほしいの。」

こんは、手の中の小瓶をみつめた。静寂が、こんの呼んだ雨の音を引き立てる。

「これなんだね。」

涙で真っ赤に腫れたこんの目が核心を捉えた。その声は鼻声ながら、妙に強い声だった。こんは続ける。

「ママのしあわせのくすり。これなんでしょ。

ママはあのひ、くつをボロボロにしたこと、すっごくおこった。

しんじゃえって、なんどもなんども、いわれた。

でも、そのあとに、ふたりで、てんごくで、しあわせになろうって。そう、いった。」

そして、薬の蓋を開ける。

「ママは、ふたりで、っていったの。

だから、はやくいっしょに、しあわせになる。」

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