こんの家は、ひっそりと古い一軒家の2階だった。恐らく借家だろう。一戸丸々ではなく、階ごとに別の住人が借りる形式のタイプだろう。1階のドアは所々塗装が剥げ落ち、網戸は大きな穴が空き、建付けもガタガタで、そこが暫く空き家であった事を鮮明に物語っていた。その横から細々とのびる階段を昇る。目の前に現れた表札も無いその玄関は、まるで小さな子供が住んでいるようには見えなかった。

こんはポケットから例の薬を取り出して言った。

「このくすりをのんだから、ママはげんきになってるとおもう。」

決心した顔で、こんは力いっぱい全身を使ってドアを開けた。


キィィと音を立ててドアが開く。土間には少し派手なハイヒール、お洒落な革のブーツ等が少々乱雑に並べられていた。そして、恐らくこんのものであろうボロボロの靴が、隅っこに袋に入って置いてある。こんの靴が新しいのは、この靴から履き替えたのだろう。

意を決して靴を脱ぎ、部屋へと入る。外観の割に中の壁紙は綺麗なようだ。しかし、リビングであろう部屋に近付くほど壁が黄ばんでいる。タバコのヤニだと理解するのに、そう時間はかからなかった。

リビングには、こんの母親は居ないようだった。こんのおもちゃが隅っこに散らかっていて、窓際には洗濯物が干してある。壁にはハンガーをかける突起が取り付けられており、そこには、男ウケの良さそうな、と言ったら偏見だろうか。小洒落たジャケットやワンピースがかけられている。

キッチンには使用済みの食器が大きい順に重ねられている。コンロの上に置かれたお鍋には、煮物のようなものが入っている。何となくキッチンの感じを見るに自炊をしている感じでは無いのに料理はきっちりするのか、意外だなと思い、蓋を開けて思わず顔をしかめた。何か鼻をつく異臭がしたからだ。完全に腐ってしまっている。食べられたものでは無い。

冷蔵庫にはタッパーに日持ちしそうな食材達が詰められている。冷凍庫にも腹持ちの良さそうな冷凍食品がスペースの半分を締めていて、それが大半は子供でも食べられそうなものだった。

「いつものごはんたちだよ。

ママはあんまりおうちにかえってこないから。ひとりでたべられるようにって。」

それで合点がいった。料理をきっちりしている風ではないのに、冷蔵庫に沢山タッパーが入っていて、鍋には煮物。確かにこれなら、小さい子供でも何かしら漁って食べられる。

こんはつかつかと別の部屋へ向かった。どうやら寝室のようだ。

「ママ!ただいま。」

こんの声が聞こえた。母親は寝室に居るようだ。

「あれ?まだねてるの?」

眠っているのだろうか?

何か嫌な予感がしたのて、足早にこんの声の方へ向かう事にした。

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