「で、でも…」

こんは言いかけて口を噤んだ。目は口ほどに物を言う、と言うがきっとこんはそう感じていたのだろう。並々ならぬ迫力を感じたこんは首を縦に振らざるを得なかった。それでも、まだ食べれそう?と問えば、うん。と言って皿を空けていく。そんな姿にこんの強さを感じた。

子供の頃、うちの先生達は、特に厳しい罰則を強いる事は無かったが、何か児童がトラブルを起こすと冷めた目で見られ、ため息をつかれ、マニュアル的な指導を行われる。そこに人間の温かさはなく、あるのは虚無感だけだった。人の目を引こうと、キラキラした目でイタズラに励んだ新入り君も、1週間も経たぬ内に暗い目でそのイタズラをしなくなった。そんな虚無空間で食べるご飯は味気無いので、おかわりが禁止されている訳では無いにもかかわらず、おかわりをする子は殆ど居なかった。そのせいか、大人になっても食が細いままで、職場でも後輩に心配された程だ。だから、気が重くてもご飯を食べられるこんは素敵だな、と思った。

さすがにもう食べれない、とこんの胃がギブアップしたようなので、寿司の会計を済ませ店の外へ出ると店に入る事を待つ列が出来ていて、それは待っている客専用の椅子の数を遥かに超えていた。

「ラッキーだったね。」

こんに声を掛けるが、こんが答えることはなかった。

2人は黙って駐車場へ向かう。車に乗り込むと慣れない手つきでこんのシートベルトを締め、エンジンをかける。どうしてだろうか。ここへ向かう時よりも、エンジンの音が酷く重く感じた。それはきっと、こんも同じようだった。

ナビを初めてこんとあった路地にセットする。無機質な機械音声が、押し黙った車内を切り裂いて、経路が画面に表示された。

車が動き出すと、こんはまた窓の外を眺めていた。ナビのルートは来た道とは違ったようで、時々目に映るものを視線で追っているものの、こんが何を考えているのか、全く察する事は出来なかった。

行きは随分と遠回りなルートを選んでしまっていたようで、帰りのルートは驚く程早く、あの路地へ近付いていく。その差はまるで、夏場と冬場の日差しの差のような大きな違いに感じられた。

雲が切れて太陽が顔を覗かせていたショッピングモールの空模様は、帰ってくればくるほど曇っていって、今では息苦しさを感じる程どんよりとしてしまっている。それでも、この雲を、こんと共に晴らしてみせる。そう心に言い聞かせ、ペダルを踏んだ。

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