「えびー!」

ぱくっ

「いかー!」

ぱくっ

「たこー!」

ぱくっ

「さかなー!」

ぱくっ

回る皿を楽しそうに見るこんは、箸と目を交互に動かしながら、器用にテンションと食欲を両立させている。

「今度、水族館にでもいこっか。」

「ほんと!やくそくだよ?」

口の周りにお米をつけたこんがクシャッと笑う。

今度…か。水族館なんて思いつきで言った事だ。そういや、大人になると、今度やいつか等と言った確定されない約束にはうんざりするものだ。その大体は社交辞令や、ただの思いつきで、大多数のそれは、計画段階まで進むこともほぼ無い。

でも。でも。この思いつきだけはやり通したいと思った。流されずに自分の意見を実現するなんて言えば大層な弁舌だが、今までやって来なかった主体性という新しい体験に心が震えた。お味噌汁を啜って、一息つく。久しぶりに人と食べるご飯はとても美味しくて、暖かい。『実家』での食事は、義務的なものであって、時間的にも、味覚的にも味気ない時間だった。そんな食事が、大切な人と食べるご飯になるとこんなに楽しいなんて、美味しいなんて…知らないまま生きていたらと思うとゾッとした。同時に、こんが大切なのだと再認識して、それと同時に、こんが大事に持っていた薬の小瓶の事が気になった。

「こんの持ってるそのお薬は、どんなものなの?何に効くのかな?」

「んん?ほれのほと??」

こんは口をもぐもぐさせながら、上着のポケットから小さな小瓶を取り出すと、口の中に詰められたお寿司を食道へ流し込んだ。

「これはね、ママがくれたの。ゆめのようにしあわせになるくすり。」

夢のように幸せ…?

「ママはしあわせだから。ってくれたの。でも…」

こんは暗い顔をした。小さい手で鷲掴むように持っていた箸を皿の上に置くと続ける。

「ママ、ないてたの。アンタさえいなければって。だからごめんなさいっておもって。ママがいつもねるまえに、のんでるおくすりのケースに、このおくすりをいっしょにいれておいたの。そのひに、のむおくすりを、いちにちずつ。いれてあったから。」

こんの母親は、不眠症なのだろうか。頓服や睡眠薬と言った類なのか、身体が悪い方なのか。しかし、やはりこんは虐待に近いものを受けているのだろう。それは、出会った瞬間のこんを見れば分かっていた事だが、改めてその事実を認識すると、どうしていいものか、と考え込んでしまった。

「ママは、かんごしさんだったみたい。でもあかちゃんのときに、たくさんなくから、やめちゃったみたい。」

「こんが沢山泣いちゃったの?」

「うん、ごめんなさい。」

「んーん、2人の時は泣いていいからね。」

うん…と力なく頷くこん。

泣くわが子の為に、育児に専念しようと仕事をやめる母親。看護師は大変だと聞く。仕事と育児の両立が難しかったのだろう。

「パパは居ないの?」

「わかんない、あったことないし、ママもなにも。」

「そっかぁ…。」

片親で育児、確かに逃げたくなる事もあるのだろう。きっと今の自分には想像も出来ない程に。

だけど、こんに罪はない。産んでおいて、無責任だと言おうとした。だが、その言葉を飲み込むことにした。自分は親を知らない、その過酷さも、親子の関係性も何も知らない。綺麗事は言えても、実態を知らない自分が、口出しできることでは無いと思ったからだ。だからこそ、知りたいと思った。その母親の気持ちと葛藤を知った上で、手助け出来る事があるかもしれない。

…なんてのは後付けの戯言だ。本当は、こんに依存している自分に気付いていたからだ。文句や嫌味を言ってやりたい。そして願わくば、そんなに要らないなら、こんをずっと、自分のそばに。

こんは楽しそうに見ていた回転寿司のレーンから、こちらに視線を移してきた。どうやら、こちらの表情の変化に気付いたようだ。

「どこかいきたいところがあるの?」

何かを察したように、こんは言った。子供は鋭いと言うが、まさにその通りだと思った。

「うん、一緒に来てくれる?」

「えっと…」

こんは困ったようだ。それでももう、自分を止められなかった。

「連れて言って欲しいの。こんの家に。」

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