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車の運転は仕事で定期的にしていたので、ハンドルを握る手に緊張などはまるで無かったが、大きな高揚感と少しの背徳感が脳を揺らして、まるで大好きなバンドのライブを見に行くような、つまみ食いをするような、どちらにしても居ても立ってもいられないと言わんばかりに、消防車のホースの水のような強烈な勢いで口から言葉を発し続ける2人は、他愛ない会話で心を満たしながら、晴れ間の見えるアスファルトを、4つのタイヤを回転させて進んで行く。
こんは、街を回るのは初めてのようで、興味津々に、窓の外を指差し続けた。それらはまるで当たり前のようにずっとこの街にあって、大人になると心を動かされる事なんて無かったはずなのに、こんはその一つ一つに興味や関心を示している。
何の楽しみも、何の喜びもない。なんて、日々の暮らしを諦めていた自分の思考が如何にちっぽけかを思い知らせされる。人々は、そんな脆弱な想像力や興味を養う事も、或いは自らの創造力で関心を集める事も出来るものだとは、社会人になってこの方、思いついた事など遂には無かった。この車には2人の人間しか乗っては居ないのに、その2人はまるで対角線を描くように真逆だと感じた。しかしそれと同時に、その興味の方向たる様々な街並みが、この、踏み込んだ片足ひとつで、時速40kmを超える速度で後方に消えていく様をどこか物憂げに見つめるこんの瞳には、どこか自分の心の内にたものを感じてしまうようで、その瞳をサイドミラーごしに捉える度に、どこか安心できたのだった。
自分も、こんも恐らく同じ。自分ではない誰かがハンドルを握り、アクセルを踏む。通り過ぎる何かに立ち止まる事も、分かれ道を選ぶことも出来ない。興味は所詮興味のままで、1分間に60kmもの速さで進むこの歪な乗り物から、振り落とされないように、見捨てられないように必死だったのだろう。そして、それにいよいよと疲れてしまっているのだろう。
様々な興味にとめどなく動いていたこんの口を遮ったのは、ぐーっと言うお腹の減りを知らせるチャイムだった。
「お腹がすいたの?」
ちょっと恥ずかしそうに、こんは、うん。と首を縦に振った。確かに、洋服を見繕って居れば丁度昼時だろう。そう言えばもう少し車を走らせればドリームシティと言うショッピングモールがある筈だ。食事と、こんの洋服。どちらにもありつける最適解がそこにはある。
「じゃあ、ドリームシティにでも行こっかぁ!」
こんはホント!?と目を輝かせる。夢の街は、もうすぐそこまで迫っていた。
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