「綺麗じゃないけど、その辺で休んでて?」

「うん、おじゃまします。」

家を出たのはつい一時間ほど前で、本来ならば帰ってくるのは日が落ちて暫くしてからの筈で。それがどうだ。近所で出会った小さな子供と、びしょ濡れで帰ってきているのだから本当に不思議なものだ。

手早く着替えを済ませ、髪の毛を乾かし、身だしなみを整え直したがここで問題に直面した。一人暮らしの家に、子供が着れる服がないのだ。全く手慣れていない手つきで、もたもたと服を脱がせたはいいが、裸のまま連れていく訳にもいかない。かと言っていつまでも濡れた服を着せると言うのも頂けない。こんは下着までびしょ濡れだ。仕方がないので、気に入っているロング丈のTシャツを頭からすっぽり被せてみたが、それはスカートなんてもんじゃなくて、ウエディングドレスのように引きずってしまっていた。袖も長袖なので、肘から先の骨が無くなったかの様に半分から先がプランプランになっている。

「途中で、お洋服買おっか。」

「そうだね、これおっきいや。」

そう言うと2人でクスクスと笑った。長くて上手く歩けないこんを背中に乗せ、戸締りを確認し、件のコンビニの近くにある駐車場に止めてあるカーシェアの車に乗り込む。チャイルドシートって要るのかな…と考え込んだが、すぐに、その時はその時だ!と謎の自信が芽生え、結局そのまま乗せることにした。助手席に座るこんは初めて見る車内に興奮しているようだ。ふんふんと鼻息を鳴らしながら、ダッシュボードをペタペタと触っている。

運転席に座り、シートベルトを締める。ハンドルを握ると、エンジンをかけようとスイッチに手を伸ばす。

その時、また声が蘇る。

「あの、ここを出たあと、どうやって生きるのか教えて欲しいんですけど。」

「それは自分で考えなさい。子供はあなただけではありません。」

「十八歳になったからさよなら、なんて、せめて…」

声は睨むように視線を合わせると、こちらが言い終わる前に言葉を返す。

「十八歳になって、高校も卒業したのです。時間と指示は守って下さい。」

そしてまた机に視線を戻して続ける。

「子供はあなただけではありません。」

いいえ、今はこんだけですよ。先生。

頭の中で声に返事をすると、エンジンを掛けた。ブルルンと車が唸る。

「おー…!!」

こんは横で感嘆の息を漏らす。そう、こんだけ。自分には、こんだけ。

サイドブレーキを引き、ドライブギアにシフト。

隣にはこんがいる。

「行こっか。」

こんと2人きりの車。アクセルとブレーキを同時に踏む事は無い。

相変わらずの小雨にも、濡れる事も無い。

「すすむんだね!」

2人を乗せた車が、駐車場を出た。

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