「しあわせのあるばしょ、かぁ」

そう言えば、自分も子供の頃そんな事を考えていた時期があった。四葉のクローバーを探したり、陽だまりを追い掛けたり、近所の子供が飛ばしたシャボン玉を掴もうとしたり、こんは同じ年頃の子達よりはかなり落ち着いて居るように感じていたが、しっかり子供なんだな、と安心した。

「いいですか?時間と指示は守って下さい。子供はあなただけではありません。」

頭に過去に聞いた声が蘇る。しあわせを探そうと寄り道をする事も許されなかった。自分の家族は、こんよりは良い格好をさせて貰えていたけれど、内面や心の豊かさに関して言えば、もしかすると、今の自分や家族よりこんの方が育っているのかもしれない。そんな事を考えていると、頭の中に一つのアイデアが浮かんだ。我ながらナイスな考えだと思った。

「こん、車に乗るのは好き?」

「のったことない。」

こんは首を横に振った。交通インフラが整ったこの街は車がなくても生活には困らない。そもそも近くに駐車場も無いし、あったとしても月極で万単位のお金が飛んでしまう。そんな訳で、自分も含めて自家用車を持たない者も珍しくはなかった。

しかし、そこに目をつける人は一定数居るわけで。カーシェアと呼ばれるサービスがある。もし近くに空きがあれば、車を使えるかもしれない。

そうと決まれば、カバンの中に手を突っ込んで埋めていたスマートフォンを取り出して、画面を連打して叩き起こす。ロック画面の通知欄には『会社』の2文字がハマっているゲームの通知に挟まれるように点々と流れていたが、何故かあまり気になることはなかった。

カーシェアなぞ使うのは久々だ。最後に使ったのはかれこれ2年前だろうか。その時は一人暮らしをする引越しに使う為に借りた。今の会社は車を運転して取引先に向かう必要があるため、免許を取らせてもらえる制度があってーーと言っても給料から天引きだがーー家を出る前に免許が取れたのだ。そのカーシェアが初めての運転だったのでとても緊張した事を思い出した。ブツブツ言いながらこの街を走ったことを思い出して、少しくすぐったい気持ちになる。その間も親指とスマホは仲良く共同で情報を伝えようと動いてくれていた。

お、どうやら近くにカーシェアの空きがあるようだ。

「車、乗ってみたい?」

まるで、子供がイタズラを提案するような顔で、こんに尋ねる。

一瞬でこんの目が輝いた。この顔を上手に描くことがもし出来たなら、その人は少女漫画家として、大成出来る事だろう。

「うん!」

こんは力強い返事をした。

「決まりだね!そうとなったら着替えないとね。お家に来ない?」

「わかった!ついてくね!」

子供の頃、しあわせのあるばしょを追い掛けたあの頃。それに近い高揚感。いつぶりだろうか、こんな楽しい気分になるのは。生きている気分になるのは。

気付けば雨も小雨になって、所々ほんの少し雲が切れている空の牢獄からは、もう少しで自由になれそうな太陽が、濡れた地面を早く乾かしたくてうずうずしているかの様に、必死にその顔を覗かせようと、背伸びをしていた。

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