第6話 嘘つき勇者の彼女をゲット

 ここは人間界……か?


 どこかの城下町のようだ。


 俺は空を飛んでいるのか。

 どう考えても、空の上から町を見下ろしているとしか思えない。


 見下ろす。

 いい言葉だ。

 俺にふさわしい。


 ん!


 あれは、あいつは、リードハルトじゃないか!

 どうして、あのクソ勇者がいるんだ。


 ふん、まあいい。

 暇潰しに観察してやるか。

 あいつが普段、どんな間抜けな生活をしているのか、見てやろう。


 おっ、店の中に入っていったぞ。

 どうやら、武器屋のようだな。


 ちょっと、待て。

 空から見下ろしているってことは、店の中は見れないってことか。

 もしかして、リードハルトが出てくるまで、ここで待機してろってことか。


 ……!


 おっ!

 一瞬で店の中に移動できた。


 どうなっているかは知らんが、俺の意識と視点が連動しているようだ。

 俺が見たいと思った場所に行けるようになっているらしい。

 こいつは好都合だ。

 あのバカ勇者の日常を、たっぷりとウォッチしてやるか。


「これはリードハルト様、今日はどのような御用で」

「武器屋に来たんだから、武器に決まっているだろ」

「ああ、そうですよね。失礼しました」


 ふん、威張ってやがるな。

 激弱勇者のくせに。


 しかし、リードハルト様とか呼ばれているぞ。

 俺も様付けで呼ばれているが、俺は魔界の超エリートで実力が伴っている。

 だが、コイツはどうなんだ。

 1回も俺に勝てていないくせに、というか、俺に1ポイントのダメージも与えられないくせに、様付けで呼ばれてやがる。

 人間というのは、本当にバカな生き物なんだな。


「あー、この前のあの強い魔物、何て言ったっけ。カーなんとかだったと思うけど」

「カーライルでございますか。リードハルト様」

「そうだ、カーライルだ。っていうか、自分で思い出すことできたのに、余計なこと言うな。武器屋のオヤジのくせに」

「すみません」


 あぁ、俺の名前を覚えていないだと!

 あんなにボッコボコにしてやったのに、俺の名前を忘れるか、普通。

 まぁ、よっぽど記憶力がないヘタレ野郎なんだろうな。


「今度はこのミスリルソードで勝負してみるかな。おい、オヤジ、これいくら?」

「そちらのミスリルソードですと、4000Gになります」

「おいおい、こんななまくら刀が4000Gなのか?」

「ええっと、うちとしても精一杯努力させていただいておりまして、その……」


 ケチなやるだな、値切る気か。


「俺は魔王軍と戦っているんだそ。オヤジがこうして商売できるのは誰のおかげだと思っているんだよ!」

「それはもう、リードハルト様のおかげでございます」

「そうだろ。俺がもし魔王軍に負けたら、この町は滅ぼされてしまうぞ。そうしたら、この店もおしまいだな」

「おっしゃる通りです」


 ばーか。

 魔物は人間を滅ぼすつもりはねーよ。

 お前ら人間が勝手にそう思い込んで攻めてくるから、俺様が直々に返り討ちにしてやっているだけだ。

 はー、人間ってどうしてこんなに頭悪いの。


「それじゃ、わかっているよな?」

「……、3500Gでどうでしょう」

「はぁー? オヤジさ、自分が何言っているかわかってんの?」

「……2500Gで……」

「あのさー、俺が誰のために命がけで勇者なんてクソな職業やっていると思ってるの? オヤジみたいな弱い人を守るためでしょ。オヤジって、自分の命より、2500Gの方が大事なの?」

「わかりました! 1000Gでお願いします!」

「そっかー、オヤジがそこまで言うなら、その値段で買ってやるか」


 おいおい、この勇者、ただのゲス野郎じゃねーか。

 しかし、こんなゲス野郎に足元見られて、従っているこのオヤジも情けないな。

 リードハルトの野郎なんか、本当は弱っちいんだから、そのミスリルソードとかいう剣でぶった斬ればいいのにな。


「じゃあな、オヤジ。そのうち、また来るからな」

「ありがとうございます」


 ふー、嫌なもの見ちまったぜ。

 魔界には、こんなゲスいヤツはいねーな。

 リードハルトって本当のクズ野郎だな。


 おっ、次は酒場に行きやがったぞ。


「リードハルト様、いらっしゃいませ」

「ああ、マスター、久しぶり」


 ん、なんか、さっきと様子が違くね?


「リードハルト様! 先日はアンデッドマスクとの戦いご苦労様です」

「アンデッドマスクは強敵だったよ。だが、みんなのことを考えると、負けるわけにはいかないって思えて、実力以上のものを出すことができた。みんなのおかげで戦うことができたんだ」


 アンデッドマスク?

 そういえば、この前、デスカールが「アンデッドマスクがケガをした」って言ってたな。

 エルフの回復魔法ですぐに治癒したみたいだが、あれはリードハルトの仕業だったのか。

 しかし、アンデッドマスクも倒せないようなヤツが、よく俺に戦いを挑んでくるよな。

 正真正銘のバカとしか言いようがないな。


「リードハルト様、お飲み物は何になさいますか?」

「ありがとう、それじゃ、ハーブ酒をいただくよ」

「かしこまりました」


 っていうか、態度違いすぎじゃね。

 さっきの武器屋のオヤジには、あんなに横暴に振舞ってたのに、酒場ではまるで紳士だな。


「リードハルト様!」

「リードハルト様!」

「リードハルト様!」


 おいおい、大人気じゃん。

 あんなクソ弱嘘つき偽善勇者なのに、みんな本性を知らないから、こんなに持ち上げてよ。


「リードハルト様、お久しぶりです」

「ロクサーヌ、久しぶりだね」


 おっ、結構良い女だな。

 ユーフェンに比べれば、全くダメだが、人間の女にしてはいい感じじゃないか。


「リードハルト様、無事に帰ってきて嬉しいですわ。カーライルは相当手強いと聞いていましたから」

「確かに、カーライルはすごいヤツだよ。強いだけじゃなく、狡猾なんだ。あと一歩のところで、いつも逃げられてしまう」


 逃げるぅ!

 俺が逃げるって!

 おい、クソ勇者、適当なこと言ってんじゃねーぞ!

 逃げるのはお前だろ、このタコ!


「そうでしたの。それは残念ですわね」

「ああ、でも次は逃がしはしない! 早くヤツを仕留めなければ、人間界は魔王軍に滅ぼされてしまう」


 いや、だから、俺たちは人間界を滅ぼしたりしねーって。

 勝手に設定作ってんじゃねーよ。


「すまない、そろそろ時間だ」

「えっ、もう」

「ああ、これから、修行の旅に行かなくてはならない」

「そんな、寂しいわ」


 修行なんかしたって、大して強くならないだろ。

 完全に無駄な努力というものだな。

 俺とお前の力の差は、歴然としているんだよ。


「リードハルト様、行かないで」

「仕方がないな。これから、夜まで時間がある。もしよかったら、宿屋に来てくれないか?」

「はい、喜んで!」


 おいおい、女をたぶらかそうって魂胆か。

 でも、それはそれで、面白そうだな。


「マスター、今日はこれで帰るよ」

「もうですか、もう少しゆっくりされても」

「いや、次の戦いの備えもある。このくらいで失礼するよ」


 次は宿屋だな。

 リードハルトの野郎、宿屋に直行しやがった。

 よっぽど、ロクサーヌとかいう女と会いたいんだな。


「リードハルト様、お疲れ様です。今日はお泊りですか?」

「宿屋なんだから、泊りに来たに決まっているだろ!」

「すみません」

「それと、ロクサーヌっていう女が後で来るから、よろしく」

「かしこまりました」


 武器屋の時と同じような態度に戻ったな。

 みんなが見ている前では勇者っぽいことを言って、見ていないところでは横暴に振舞っているってわけか。

 クズ中のクズだな。


「お部屋はいかがいたしましょう」

「そうだな、ロイヤルVIPルームを頼む」

「かしこまりました。こちらのお部屋ですと、一晩30000Gになりますが……」

「30000? おいおい、マジで言っちゃってるの? 俺、勇者よ。みんなのために危険な魔物と戦っている勇者よ」

「はぁ……、ですが……」

「あー、そう。それじゃ、今度王様に謁見した時、この宿屋のことチクっちゃおうっと」

「えっ! それは勘弁してください」

「えー、聞こえないなー」

「わかりました。では、10000Gでどうでしょう?」

「はぁ……、あんまり俺を失望させるなよ」

「ひぃぃ! すみません! 2000Gでお願いします!」

「わかった。それじゃ、泊まってやるよ」


 30000Gを2000Gにしやがった。

 てか、コイツって本当に勇者なの?

 極悪過ぎじゃね?

 さすがに、これは俺でも引くわー。


「あー、あー、ロクサーヌ早く来ないかなー。ぐふふっ」


 あー、これは確実にエロイことを考えている顔だな。


「リードハルト様」


 えっ、もう来たの!


「おお、ロクサーヌ。会いたかったよ。酒場ではゆっくり話すこともできなかった。夜まで時間がたっぷりあるから、いろいろな話をしよう」

「はい、リードハルト様」


 あー、なんかムカついてきた。

 ユーフェンと比べると、全然美人じゃないけど、なんかムカつく。

 この腐れ外道勇者が、人間とはいえそこそこ綺麗なヤツといい感じになるのは、許せないなー。


 あー、マジでどうにかしたいわ。

 この場に乗り込んで、俺の火属性魔法で丸焼きにしてやりたいわ。


 ……!


「えっ、どうして……」


 空中から眺めているだけだった俺が、突然、この宿屋の中に実体を持って姿を現すことができた。

 どうしてかはわからない。

 これも、真実の泉の不思議な力によるものなのだろう。

 だが、これはちょうどいい。

 この女の目の前で、リードハルトをボコボコにしてやろう。


「きゃーーーーーー!」

「お前は…………、カーライルか! どうしてここに!」

「ハハハ、女といちゃついている最中に悪いな」

「カーライル! お前というヤツは!」

「今までのように、今回もボコボコにしてやろう。おい人間の女、よーく見ておけ。この嘘つき勇者が負ける様をな!」


 リードハルトはさっき武器屋で買ったミスリルソードを手にして、俺に斬りかかってきた。

 何度見ても、コイツの太刀筋はよくない。

 全然スピードが足りないし、動きも単調だから、どこを狙っているのかすぐにわかる。


「おいおい、リードハルト。せっかく新しい剣を買ったのに、全然当たらないじゃあないか」

「新しい剣? どうしてそれを知っている」

「さっき見ちゃってねー。お前が武器屋のオヤジを恐喝してたところ」


 俺の言葉を聞いて、ロクサーヌは口を押え目を見開き、軽蔑の眼差しでリードハルトを見た。

 どうやら、リードハルトの本性を知らなかったらしい。


「いいかげんなことを言うな!」

「いいかげん? 俺の言っていることが、いいかげん? じゃあ、その剣はいくらで買ったんだよ」

「えっ、……」


 リードハルトの言葉が一瞬詰まった。

 俺に痛いところを突かれて戸惑っているのが、手に取るようにわかる。


「本当は4000Gのその剣をいくらで買ったのか聞いているんだよ」

「うるさい! 武器屋のおじさんがまけてくれたんだ」

「4000Gの剣を1000Gにまける武器屋なんてあるんですかねー」


 ロクサーヌは膝をついて崩れ落ちた。

 今まで信用していた人物に裏切られ、自分を見失ってしまったのだろう。

 だが、それもこんな嘘つき勇者を信用した方が悪いというもの。


「くっ、口の減らないヤツめ。これで終わりだ! 退魔真剣!」


 リードハルトは必殺技っぽい何かを放った。

 とはいえ、やはり太刀筋が悪く、俺には1ポイントのダメージも与えられない。

 逆切れして放ってくる必殺技がこの程度とは……。

 まぁ、クソ勇者にお似合いといえば、お似合いだ。


「それじゃ、そろそろ終わりにしますか。エビルファイア!」

「その技は、お前の必殺技の……」

「必殺技ぁ! これが必殺技だと思っているの? お前って本当にバカだな。これは、魔界にいるヤツなら誰でも知っている初級火属性魔法だ」


 俺はいつも通り、初級火属性魔法エビルファイアをリードハルトに放った。

 コイツは動きがのろすぎて魔法を避けることができないし、俺の魔法を跳ね返すだけの魔力も持っていない。


「ぐわああああああああぁ!」

「リードハルト様!」


 これだけ騙されたというのに、まだ様付けで呼ぶとはな。

 本当におめでたい奴だ。


 リードハルトはこの前のように移動アイテムを使い、この場から撤退していった。


 部屋には俺とロクサーヌという人間の女だけになった。


「ああああぁ……、リード……ハルト……さ……ま?」


 女は何が起こっているのか理解できていない様子で、ひたすらリードハルトの名前を呟いていた。


「おい、人間の女」

「はっ、はい!」

「お前はリードハルトに騙されていたのだ。ヤツは嘘つきの偽善者だ。俺が助けに来なければ、リードハルトに酷いことをされていたのかもしれないのだぞ」


 女はまだ現実を飲み込めない様子だった。


 俺は女の近くまで行き、顔を見た。

 近くで見ると、思っていた以上にいい女だと思えてきた。


 潤んだ頼りない瞳、肩くらいの長さまで伸びた黒髪、そして、サキュバスとは違った感じのプロポーション。

 サキュバスのような豊満な体形ではないが、線が細く、胸は適度に膨らんでいる。

 魔界にはないスタイルに俺は惹かれていった。


「おい、俺と一緒に魔界に来ないか」

「魔界……」

「そうだ、魔界に行けば、俺がお前を守ってやる」


 驚くことに、女は俺に抱きついてきた。


「カーライル様……」


 そして、涙を流しながら、唇を近づけてきた。

 俺はロクサーヌを受け入れることにした。


 俺はしばらくの間、人間の女のキスの味を堪能した。

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