別れ
その日は、突然やって来た。
その日も、いつも通り咲とライトは雑談を楽しんでいた。外の世界にある楽しい場所のことや、今朝見た夢など話題は尽きない。それに、今日は家庭用ゲーム機を持ち込んでいたのでこれでも遊ぶことができた。
しかし、昼頃になると、ロックが解除され扉が開く音がした。そのことに、咲たちが不審そうな表情を浮かべる。
「あれ、なんだろう?」
「今日は魔素の提供の日じゃなかったはず」
「そうなの? じゃあ、一体……」
すると、牢獄の前に先輩科学者が現れた。後ろには、多くの保安隊員を連れている。彼らの銃口の下に付けられたレーザーサイトは、まっすぐライトの額を狙っていた。
突然のことに咲がライトを庇うように間に割り込む。先輩科学者へと怒鳴るように説明を求めた。
「これはどういうつもりですか!? どうしていきなり!」
「……第二研究棟で重大事故が発生、大勢が死んだ」
「え!?」
「テスタメントクラス、アンノウンによってやられたんだ。これを受け、上層部の一部は極秘裏にすべてのテスタメントとそれに匹敵するパグロームの殺処分を決めた。……俺も、それに賛成だ」
「そんな……!」
「今すぐそこを出ろ! そいつも殺処分の対象だ! お前が出た後、緊急措置を実行する!」
激しい剣幕の先輩科学者の言葉に、思わず後ずさる咲。彼女の服の裾を、ライトが悲しい顔で掴む。
が、ライトは俯くとその手を離した。軽く咲の腰を押して出口へと向かわせようとする。
「ライトちゃん!?」
「行って。私が死ねば解決なんでしょ? なら、いいよ」
咲がライトの頬を叩く。そして、力一杯抱き締めた。
「絶妙離れない! なんとしても守ってみせる!」
「お姉さん……」
「バカなこと言うな! 時間がない! このままだとお前ごとやるぞ!」
「構いません! こんなの間違ってる! この子は何も悪くない!」
「いい加減に……くそっ! すぐにシャットダウンだ! やれ!」
「で、ですが……」
「やれって言ってるだろ!」
隊員の一人がガラスを割り、その下にあるレバーに手を掛ける。本当にやってもいいのか迷いが残る目で周囲を見ていた。
「なにやってるの! 早く出ていって!」
「早くしろ! このままだと!」
「リーダー! どうするんですか!?」
現場はパニック状態だ。ライトも、自分の能力で咲を追い出そうとするが、彼女に霊障が効かない。誰も彼もが焦り始めた。
先輩科学者が目を閉じる。そして、隊員を押し退けて自らレバーを引いた。牢獄の壁から突起物が出現し、無慈悲に放電する。
十億ボルトを越える電圧だ。パグロームを殺すことを想定して作られたこの装置に、生身の人間である咲が耐えられるはずなどない。
雷は容赦なく、咲の体を蹂躙する。それでも、彼女はライトを守ろうと庇い続けた。だが、電撃はライトのことも等しく打ち据える。
五分に及ぶ措置が終わると、牢獄内は酷い有り様だった。人肉が焦げる臭いが立ち込め、黒こげの遺体が転がっている。
「……くそぅ。バカめ」
後悔はしてないが、思うところはある。そんな感じの声音の先輩科学者が、次の殺処分対象の牢獄に向かおうとする。
その時、背後におぞましい気配を感じた。これまで感じたことのないほどの殺気にあてられ、足が止まる。
「……なんでお姉さんを殺したの。ねぇ、どうして?」
まだ、ライトは生きていた。それも、ほぼ無傷に近い状態で。
焦った先輩科学者は、隊員に発砲を命じる。マシンガンが一斉に火を吹くが、効果があるようには見えない。すべて弾かれている。
「どうなっている!?」
「分かりません!」
「お姉さんは優しかった。お前たちよりずっと……」
ライトは、咲の亡骸を腕に抱いた。涙と共に、自分の能力を全開で発動する。
多くの職員を殺したことがあるパグロームを前に、先輩科学者も隊員も後悔した。思えば、恐怖から殺害方法の調査を忘れていたのだ。
「リーダー! こいつの能力は!?」
「たしか、人間の感情の完全コントロールだ! だが、それでどうやって……」
心に流れ込んでくる、様々な感情。辛い、苦しい、悲しい、気分が悪い、死にたい。
生きていることを辛いと思うほどの感情に、体の自由が利かない。隊員たちは銃でお互いを撃ち始め、先輩科学者は持っていた毒薬を飲んで自殺した。
科学者も、隊員も殺したライトの体が膨れ上がる。咲の亡骸も同じように大きくなっていき、やがて牢獄を破壊して研究棟を倒壊させた。
崩れ落ちた天井から見えた久しぶりの空は、夜の暗闇に覆われていた。ただ、美しい黄金色の満月だけが明るく輝いている。
「お姉さん。今日の日のことも教えてくれたよね。今日は十五夜。満月が美しい日だって」
月見町に、悲しい慟哭が響き渡る。
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