名前

 その後も、咲は少女の元へ通い続けた。仕事だからという理由もあるが、それ以上に自分が会いに行きたいと思う気持ちが強かった。

 そして、少女も段々と咲に心を開くようになった。少しずつだが、咲との会話や質問に答えるようになったのだ。

 そして変化は、意外なところにも現れる。


「じゃあ、また明日ね」

「……ねぇ」

「うん?」

「あれ、欲しい。チョコとか入っててサクサクしてるやつ」

「クッキーかな? じゃあ、次持ってくるね」

「……ありがと」


 少しずつ、少女も自分の気持ちを伝えるようになったのだ。これこそ、心を開いてくれたという証拠だろう。

 そのことにウキウキしながら、咲と少女は毎日を一緒に過ごす。


◆◆◆◆◆


「おい。最近調子がいいらしいじゃないか」

「え?」

「奴だよ。最近、反抗的な態度が薄くなって魔素をきちんと産み出してる」


 先輩科学者からの言葉は、感心を含むものだった。彼も、まさか咲があの扱いが難しいパグロームと心を通わせるなど思ってもなかったのだろう。


「彼女、話したらいい子ですよ。もう少し扱いをよくしてあげても……」

「それは何度も上に言ったんだがな。そのほうが反抗もしないって。だが連中、パグロームの扱いは変えないとか抜かしやがってな。現状維持だ」

「そうですか……」

「まあ、お前の自由だから何も言わないけどな。でも変なものを持ち込むのはやめとけ。あいつは機密個体ってことを忘れるなよ」


 それは、最近咲が少女に贈っているお菓子や雑誌などのことを言っているのだろう。彼なりに、後輩を気遣っての言葉だった。

 だが、咲は気にしない。ハッキリと禁止と表記されたもの以外は、これからも持ち込むつもりだ。


◆◆◆◆◆


「――って、ことがあってね」

「そうなんだね。お姉さんも苦労してるなぁ」


 咲は、少女と二人でポテトチップスを食べながら漫画を囲んで会話していた。初めて食べるポテトチップスに、少女は目を輝かせながら話を聞いている。

 咲は、指についた塩を舐めながら少女に抱きつく。髪に指が触れた少女は、少し嫌そうな顔をした。


「ほんっと! こんな可愛い女の子に対してこの仕打ちは酷いよ~!」

「仕方ないよ。私、パグロームとか呼ばれてるんでしょ? 私にこんなベタベタくっつくお姉さんがおかしいの」


 それでも、迷惑そうな雰囲気を見せずに抱かれる少女。段々と、彼女もこの関係性を心地よく感じてきているのだ。

 名残惜しそうに離れる咲。そして、何かを閃いたようにポンと手を打った。


「そうだ。貴女の名前を決めましょう! 名前がないなんて悲しいからね」

「え、いらないよ。そんなの……」

「ダメ! ……そうねぇ、ライトなんてよくない?」

「ライト?」

「うん。好きな漫画からもじったんだけど……」


 照れ臭そうに笑う咲。少女――ライトが、そっと咲を抱き締める。


「ううん。すごく嬉しいし、気に入った」

「そう?」

「うん。ライト……私の名前」


 今までで一番の笑顔を見せる。それが、咲にとっても非常に嬉しかった。

 楽しい時間が過ぎていく。牢獄での時間とは思えない、暖かな時間。

 この平和な日々が、突然終わりを迎えるなど誰も知るはずもない……。

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