第55話:日本人って、本当に贅沢なものを食えていたんだなあ
「そういえば、ラインヴァルトって今まで、イノリアとなにか接点があったのか?」
「全然なかったよ? すれ違ったことがある以外は、その、……私が物陰から見ていたことがあるくらいで」
「……あーそー」
そういうのを聞くと、やっぱり彼女は奴に憧れてたんだなあと思い知らされる。
いや、もう答えはなんとなく分かってはいたんだけどさ、聞かずにいられないよな。プレゼント交換してたとか、そういうのじゃなかっただけマシだと思うしかないよな。
うっかりため息までついてしまった俺の言葉に、イノリアは目を伏せた。
「もう……。以前のことだし、自分から聞いておいて勝手にがっかりするなんてずるいよ。私、ちゃんと正直に言ったでしょう……?」
……そうだ、たしかにイノリアは正直に言ってくれたんだ。変に隠して「全く興味なかったよ」なんて言われたら、それはそれで疑心暗鬼になってそうだったし。
それで、あとで「やっぱり彼のこと好きでした」なんて言われた日には、目も当てられないことになりそうだ。
「ごめん。──俺が悪かった」
イノリアがちゃんと正直に言ってくれてるんだ、俺もちゃんと謝ることにする。
「ふふ、ヨシくん、謝ってばかりだね?」
再び笑顔になってくれたイノリアに、あらためてほっとする。やっぱり、彼女は笑顔でいてくれた方がいい。
「それで、今はどこに向かってるんだ? ここの構造、まだ全然分からなくてさ」
「そんなにすぐにわかっちゃったら、賊に侵入されたときに大変でしょ?」
彼女は笑いながら答える。
「もう、いい
「姫様のところ? なんで?」
「なんでって……。私、姫様付きの侍女だよ?」
「マイナロッティとかいう侍女に追い払われたんじゃなかったのか?」
疑問に思って聞き直すと、イノリアはきょとんとして、そして笑った。
「マイナロッティさんは、あなたをお部屋に案内しろって言っただけで、私を追い払ったわけじゃないでしょ? お仕事の分担をしただけで──」
と言いかけて、急に慌て始める。
「いけない、ごめんなさい! 私、姫様のお食事のことしか考えてなかった!」
食事? ……ああ、そういえば、もうそんな時間なのか?
さっき、ラインヴァルトが用意したという茶菓子を俺が半分以上食べたせいで腹は減ってない……どころか、昼飯食わなくてもよさそうな勢いだけど、時間的にはもうそろそろ昼飯時か。
「ええと、あのね?
なるほど。
つまり俺は俺で、どっかで飯を見つけてこなけりゃならないと。
「あ、そうじゃないの。ええと──ヨシくんのお食事は、さっきも言った通り、もう手配は済んでるんだけど、ヨシくんは従者用の食堂なの。だからその……」
「場所だけ教えてもらえたら自分で行くよ。ここからどうやって行けばいいんだ?」
気楽に言った俺に、イノリアが困り顔をする。
……ああ、つまり、遠いんだな。
食堂自体は、
まあ、賓客用の食堂と、従者の食堂が主人用の食堂と遠く離れていたら、いろいろと不満も出ただろうから、それでいいんだろう。
しかし、王族の食堂はそもそも棟が違うということだった。そのため、俺を案内したあと、そちらのほうに急がなくちゃならなくなったイノリアの方が、大変みたいだった。ちょっとどころでなく、申し訳なさを感じる。
教えられた通路の先にあった扉を開けると、そこそこの広さの部屋に長テーブルが何個もある。
今日がたまたま少ないのか、それともこれから増えるのか、人の姿はまばらで、それぞれ昼食をとっていた。服装は、俺の服装に近い者もいるが、ずっと上等っぽい服を着ている奴もいる。
ただ、ここで今食事をとっている人々は思い思いにくつろいでいるようだが、イノリアのような上級使用人は、そういうわけにはいかないらしい。
食事の時間といっても、主人の食事の世話をしなくちゃいけないから、その前か後に取ることになるという。
イノリアの場合は、姫様の食事のあと、ちょっとした読書の時間の選書を手伝ってから昼食に入るそうだ。
具体的には、主人が読書をしている時間に食べなきゃならないそうで、準備や片付けの時間を除けば、実質、食事に費やせる時間は半刻──三十分ほどらしい。
学校の給食並みに忙しい食事となるわけで、大変そうだ。
イノリアに言われていたように、出入口に控えていた女性に名前を言うと、それだけで分かったようだ。恭しく礼をして、奥に引っ込んでいく。
なるほど、受付嬢に言えば、決まったメニューを出すスタイルみたいだ。
席に着いて待っていると、しばらくして食事が運ばれてきた。
皿にはポタージュっぽいスープ、固そうなパン、そして豆を煮たようなもの。飲み物は──ああ、やっぱり酸っぱそうなヨーグルト。
そして、当然のようにスプーンもフォークもない。……ああもう、薪でも削って自作してやろうか。で、マイスプーンとマイフォークを持ち歩いてやる。
フランスパンくらい固いパンをポタージュに浸しながら──この食い方、嫌いなんだけどそうでもしないと、固いうえに水分が口からなくなって飲み込めなくなる──もそもそ食う。
『その……美味しくなかったら、ごめんね?』
イノリアがそう言っていた理由がよく分かった。
美味くはない。いや、正直言うと、……マズイ。しかし使用人レベルはこんな感じの飯らしい。誰も不満そうな様子はない。まあ、昨夜食った、あの豆っぽいスカスカのパンよりはよほど美味いと思う。──ていうか、昨日のパンがひど過ぎた。
だが、それでも、あのスカスカパンが主食となる市民がいるから、ああいうパンが存在しているわけだ。日本人って、本当に贅沢なものを食えていたんだなあと、しみじみと思う。
飯を食いながら、俺という人間の扱いについて、イノリアの言葉を思い出していた。
姫さんは、本当は食事も寝所も賓客用の待遇にするつもりだったようだ。
だけど、あのクソサド王子の横槍で、姫さんの歳費で俺の滞在費用の全てを賄うとなったことで、どうしても孤児院とかへの寄付金を、一部削らなきゃならなくなってしまうおそれがでてきた。
そこで、少しでも俺に関わる歳出を減らすために、名目上の立場だけは賓客扱いとして、削れるところで削る、ということにしたわけだ。
具体的には、実際の食事の待遇は賓客の従者扱い、寝る場所に至っては、住み込みの使用人並みにする、と。
最初は逆の扱いにしようとしていたらしい。つまり、部屋のグレードが今よりも高く、代わりに飯の方のグレードが下がると。
飯は健康にも関わってくるから、きちんと栄養が取れるほうがいいに決まっている。逆に部屋のグレードなんて、ベッドが清潔でさえあれば、あとは寝られればそれでいい。イノリアの配慮のおかげで、部屋は狭くなったが飯がマシになったのだ。
だから、イノリアの差し替え提案はグッジョブだった。
俺自身、それなりに食えて寝れたら、文句を言うつもりはなかったんだが、狭くともちゃんとした個室が与えられたのだから、きっと待遇はいい方なんだろう。
……でも、やっぱり、日本で育った舌は、この世界の一般的(だと思う)な食事でも、美味いと思えなかった。これよりレベル下ってどんだけなんだ……と思ったが、まあつまり、それが昨夜の飯なんだろう。
しかし、姫さんの歳費のほとんどが国の福祉施設への寄付で消えている、ということには驚いた。
「だから、ドレスとかは最低限なの。夜会用の見栄を張るもの以外は、あまり持ってらっしゃらないんだよ?」
イノリアはそう言っていた。諸侯の娘の方がよっぽどたくさん持っているかもしれないと。
「もちろん、姫様が寄付しているのは政治的な理由もあるんだけど、姫様、お優しいから」
お姫様ってのはパーティーばっかり開いてて、もっと世間知らずでわがままな奴か、現実を見ないで理想ばっかり高い奴かと思っていた。だから、それを聞いてびっくりしたものだった。
……でも、貧乏人を救うなら、そもそも貧乏人から税金を取らないようにするか減らすかして、ハローワークみたいな、職探しの手伝いをしてくれる場所を、国が作ればいいのにと思う。お姫さんが自分の小遣いを寄付に回すって、なんでそんなことになっちまうんだろう?
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