第53話:つまり俺には常識が無いって言いたいのか?
ナイヤンディールが、もう一つの椅子を引く。
戸惑うイノリアに、ラインヴァルトが微笑みを向ける。
「アイノライアーナ嬢。どうぞ、お掛けください」
「い、いえ……私のような身分の者が相席させていただくわけにはまいりません。お気持ちだけで──」
そう言って、俺の席の後ろにそっと身を寄せる。
「ふむ……。ニアン?」
ラインヴァルトの言葉に、ナイヤンディールが改めて席をすすめる。
二度目ともなると、イノリアも断りづらかったようだ。おずおずと席に着く。
そんなイノリアの姿に満足げにうなずくと、ラインヴァルトは改めて口を開いた。
「ヨシマサくん。君は、王女殿下については夢による託宣を得た──そう解釈していいのかな?」
「託宣、なんて大げさなものかどうかは知らねえけどさ。まあ、似たようなもんだと思ってくれていい。
──多分、助けてほしい、という願いが、時間と場所を越えて、
ラインヴァルトは、肩眉を上げる。が、ため息をついただけで、これと言って反論はしなかった。
「私は、法術以外の奇跡など信じない人間なのだがね」
「だから前も言ったろ? 信じるかどうかはアンタらが勝手にすればいい、俺は夢に導かれたっていう事実を言ってるだけだと」
夢に導かれた戦士、なんていうと中二病っぽいんだけど、まあ、間違っちゃいないはずだ。
ラインヴァルトは、なんとも言えない微妙な表情をしていた。
強いて言うなら……痛いヤツを見るような。……半分以上聞き流している俺にアニメのキャラの魅力を精一杯語っている、その倉木の姿を半目で見ている女子のような。
──なるほど! 倉木、お前、鉄のメンタルをしてたんだな。俺はちょっと、心が痛い。
「……まあいい。誰しも夢は見るものだ。理解できるかどうかは別だがね」
「おい、要するにやっぱり信じてないってことじゃねえか」
「私は理性を──常識を重んじているだけだよ」
そう言って、奴はカップをあおる。ナイヤンディールが、空になったカップにごく自然に紅茶を注ぐ。メイドさんは、それが当たり前だと考えているのか、微動だにしない。もうお前ら結婚しちまえ。
「つまり俺には常識が無いって言いたいのか?」
「別にそう受け取りたくばそうすればいい。気楽な独り身の人間と違って、私の双肩には、領地と、領民と、そして何より王国の未来が乗っているのでね。私自身が、努めて理性の体現者でなければならないのだよ」
「
俺は、わざとゆっくり理性と言ってやった。
「あのクソサド王子と一緒にいる時点で、理性の体現者とかいう言葉に説得力がなくなる気がするのは、気のせいか? それとも領地を敵国から守るためには、スパイを縛り上げて拷問にかけるのが日常茶飯事だとか?
──ああ怖い怖い」
イヤミったらしくいってやると、イノリアから「ヨシくん……」とたしなめられる。皮肉くらい言わせてくれよ、あの拷問で七転八倒する俺を、無感動な目でずっと見降ろしてたやつなんだコイツ。
「そうだね。君の言うとおりだ。正義を実践するためには、多少の勇み足はやむを得ないところがあるのだよ。その一点に関しては認めよう」
そう言って、テーブルの焼き菓子を勧める。おい、お前いま、認めるとは言ったけど謝罪はないのかよ!
「ところで、この季節ならではの、収穫したてのぶどうをたっぷりと生地に練り込んだ菓子だ。刻んだレーズンとクルミ、そして新鮮なぶどうの果汁の香りを楽しめる、素朴ではあるが私の
「おい、今の流れなら、俺に勧めるべきだろ。なんで俺の方をかけらも見ないで、イノリアに勧めてるんだ」
流れるように俺を無視し、全く自然にイノリアの手を取り菓子を一枚、手に包ませるように勧めるラインヴァルト。
イノリアの方はといえば、当たり前のように手を取られ、そこに焼き菓子を握らされ、そこに金髪イケメンのキラキラスマイルを向けられて──目を真ん丸にし、次いで頬を染め、急に焦りだして「困ります」としどろもどろに返そうとするが、やんわりと押しとどめられて結局胸元に。困ったような笑顔でこちらを見るのが、なんとも胸に来る。
……ラインヴァルトてめえ、手慣れてやがるな。普段そうやってナンパするのか。なんか癪に触って、皿の上のクッキーみたいなものをむんずと掴んで口に放り込む。
──へえ、ぶどうの香りと優しい甘み、クルミのかすかな歯ごたえ。サクサクの生地。こいつは結構、イケるかも……ってか、美味い。くそう、ラインヴァルトの菓子のくせに。
もそもそと三つ、四つと食いまくる俺に、イノリアは小さく笑うと、自分も口に含む。
「……あ、ぶどうの香りがすごいですね……。美味しい……!」
「気に入っていただけて何よりですよ。母も喜びます」
「……母? これ、ラインヴァルトのおふくろさんが焼いたのか?」
聞いたのは俺だが、これまた華麗にスルーしてイノリアに答える。
「母が考案したんです。取り立てて何か技能があるわけでもない領民の子女でも、現金収入を得られる手立てはないものかと。美味しいと言っていただけて、何よりですよ」
そして、ちらりと俺を見る。
「だが、君は食べ過ぎじゃないか? 食べ物に何か恨みでもあるのかい?」
「美味い食い物に恨みなんかあるわけがないだろ」
そう言って何枚目だか忘れた一枚をさらに口に放り込む。
「君は男だろう? 彼女の分がなくなるじゃないか。それとも、
「当たり前だろ。お前がふるさと自慢で美味いもんだって自慢してくるなら、なおさらだ」
さも呆れたように言って見せるので、俺もにやりとして返す。
「あんた、
俺の言葉に、ラインヴァルトは、薄く笑った。
「──それなりに頭は回るようだね……。だからこそ、君に話を聞きたかったんだよ」
そう言って、ラインヴァルトはすうっと目を細めた。口元には微笑みが浮かんでいるが、全然笑っているようには見えない。
「君はあの時、
そう言って、ラインヴァルトはナイヤンディールに視線を送ると、ナイヤンディールが布で包まれたものを見せた。弓で引くには短すぎる、金属製の矢。あの時、俺が使った矢だ。
「刺さった矢の角度から、大体の射撃地点も割り出すことができたし、証拠のクロスボウも発見できた。ロープを振り子のようにして突っ込むにあたって、あんな重量物を背負っていては、着地時に問題があっただろうから、捨てていくのも仕方ないのかもしれない。
──だが、あのような高価な代物を使い捨てにできる資金力と思い切りの良さは、興味深いね? なにより、証拠の品をそのまま放置しておくのも、雑で気になる」
口元の笑みは相変わらずだ。だが、言葉が異様に冷たく感じるのは気のせいだろうか。
「さらにだ。あの時間帯には騎士団宿舎には人がいたから、あの位置に立つためには、おそらく隣接した屋敷の屋根から飛び移るしかない。しかし、その屋敷と騎士団宿舎との間は、なかなかの距離が開いている。正直、私はあれほどの高所で飛び移るほどの度胸はなかった。しかし、それをやり遂げている。
──おまけに、暴漢どもを縛り上げた、ねばつく不思議なロープ。音を消すためなのか、実にしなやかな、不思議な素材でできた服、そして柔軟な靴底をもつ靴。反りの入った奇妙な
ラインヴァルトの口元の微笑みが、消える。
「……何が言いたいんだ?」
「考えれば考えるほど、理にかなっていて、それでいて常識の範囲外なんだよ、君は。そんな君の
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