第52話:俺が真剣に怒る理由?そんなの、決まってる
「だってイノリアは、姫さんの侍女なんだろ? 姫さんから離して、俺を押し付けたみたいに感じたぞ、俺は。悪意っていうか、嫌がらせを仕掛けてきたみたいな」
「そんなこと言っちゃだめだよ。スーグェイケッティ税務官の娘さんだよ? 位階は五位下だし、本人もすごくお仕事できる人なんだから」
仕事も家柄もイノリアの上、と言いたいのだろうか。
だが、あの、最後の別れ際。
俺の方をちらっと見て、口の端をゆがめるような笑みを浮かべたマイナロッティの後姿を思い出す。
……ああ、また腹が立ってきた。
「仕事できて家柄も上、だからってあんな威圧的な言い方をしていいってわけじゃないだろ。イノリアは姫さんの侍女なんだし、姫さんから引き離すみたいなやり方は汚ねぇよ」
「マイナロッティさんも姫様の侍女だからね? ショイシェがいなくなって、私もあなたのお世話で離れていた間、マイナロッティさんはほかの侍女のみんなを束ねて姫様のお世話をしてたんだから」
「……いや、だからって」
「ヨシくん? ヨシくんが、私のことをすごく大切に思ってくれてるのは分かるんだけど、私のことで変に短気になるのはよくないよ?」
……なんで俺が悪いような形になってるんだ?
俺は、イノリアの扱いが悪いことに怒ってるのに。
「ねえ、ヨシくん」
イノリアは、少し顔を赤くしながら、困ったような笑顔を浮かべた。
「ヨシくんがね、私のことで怒ってくれてるのは分かるの。前も言ったけど、それはとっても嬉しいの。
──でもね、どうしても分からないの。どうしてヨシくんは、私のことで、そんなに真剣に怒ったりするの?」
「そりゃ……」
言いかけて、言い淀む。
イノリアに関わることで、俺が真剣に怒る理由? そんなの、決まってる。
俺は、今まで、いろいろ、情報が足りなくて失敗ばかりで、泣かせてばかりだった。
だけど、だからこそ、なんとかしたいと思うのだ。
それは、俺がこの先のイノリアの運命を知っているから。
まだ出会って数日のイノリアにそんなことを言っても、彼女にしてみれば不吉な予言に過ぎないわけで。
だから、そんなことを言っても彼女には意味不明だろう。
じゃあ、なんて伝えたらいいんだろう?
……悩んで、そして、自分の悩みが馬鹿馬鹿しいことに気づいた。
そもそもだ。
そもそも、アイノライアーナを「イノリア」という
『大丈夫……、よっちゃんは、きっと、イノリアさんに呼ばれてるのよ。助けてあげて?』
イノリアとの出会いにやってきてから、俺はもう、過去にさかのぼる夢を見ていない。それどころか、今朝は、日本に、
はっきり言って、訳が分からない。俺に何が起こっているのか、なぜこうなったのか、こうなっているのか、全く分からない。倉木のほうが、よっぽど柔軟に対応できたかもしれない。
けれど、倉木ではなく俺が選ばれて、俺が今、
だったら。
ずっと気になっていた──いや、もう、今となっちゃ、気になるどころか、とても、大切な女の子で──
頬を染めて上目遣いに俺を見つめる彼女を見ると、言葉が胸でつかえて表現しづらくなる。
でも、俺は──
「……俺さ、イノリアのことが、その──」
「ヨシマサ様。いらっしゃいますでしょうか。さるお方がお呼びでございます」
ドアのノックとともに、俺を呼ぶ女の声が聞こえてきた。
「さるお方って、アンタかよ」
「誰だと思ったんだい?」
「もちろん俺のご主人様だ」
「……王女殿下は、ただいま御勉学のお時間だ」
「知ってる。
「……何を言いたいのか分からないな」
「いや、アンタならそういうこと、簡単にできそうに思ったからな。ラインヴァルト」
メイドさんに案内されてたどり着いた場所は、四角くぐるりと回廊が取り囲む、中庭のようなところだった。
中には白い
繊細な透かし彫りのような彫刻が刻まれたテーブルにはティーセットが置かれ、席についているのは金髪碧眼の完璧野郎で、その傍らに立つのは流れる黒髪の冷眼男。
そして、カップに紅茶を注ぐ女性。エプロンを付けているのでメイドなんだろうが、今、自分たちを案内したメイドさんよりも、服はすごく上等な感じなので、多分接客専門のメイドさんなんだろう。
「それこそ、おかしな誤解だ。というより、どうして君が、アイノライアーナ嬢と一緒にいるのか、そちらのほうが分からないんだが?」
「……そうか、アンタの筋書きじゃなかったのか。それは悪かった」
そこは素直に頭を下げると、ラインヴァルトは意外そうな顔をする。
「──君は、私に何か言いたいことがあるのではないのか?」
「尋問のことなら、アンタが俺を疑うのは仕方ないからな。あのクソ
「……ヨシマサ様、お言葉を謹んでください」
イノリアがそっと注意をしてくる。さすがに分かるか。
それにしても、二人でいる時とは違って敬語を使うんだな。
「
そう言って、しかし、ふっと口元を緩める。
「だが、君は──そうやって、平気で命知らずな言葉を口にする。不思議な男だな?」
そして、ティーカップを持ち上げて見せた。
「まあ、かけたまえよ。べつに、鞘を当てるために君を呼んだわけじゃない」
ラインヴァルトの言葉を受け、ナイヤンディールが椅子を引いてみせる。
「君が目を覚ましたと聞いたのでね。ちょうどいいから、会って話をしたいと思ったのだよ。王女殿下を救った男に──ね?」
「俺の話を信じる気になったってことか?」
ここは腹をくくってやろう。椅子に腰かける。
「それは、これから聞いて判断したい。これはあくまでも私個人の興味なんだ。王太子殿下の意向とは関係がない、とだけは言っておこう」
笑顔でぬけぬけというこいつは、はっきり言ってしまえば嫌いな奴だ。
俺がどんなざまで、血を吐くようにしゃべったことを、全く信じなかった男。
どうして今さら聞く気になったんだ?
「前に散々涙と鼻水とゲロと血を垂れ流しながらしゃべったじゃねえか。それ以上の情報なんて出ねえぞ」
「ちょっと、あの時とは違う角度で話を聞きたいのさ。そうだね……アイノライアーナ嬢も一緒なのは、ある意味都合がいいかな?」
「イノ──ライアッタが?」
「そう──
──――!?
イノリアが、息をのむ気配が伝わってくる。
こいつ、今……
俺がもの知らずのままイノリアと呼んだ、その意味とは全く違うはずだ。
その意図を掴みかねていると、ラインヴァルトは、俺と、そしてイノリアを交互に見つめてから、薄い笑いを浮かべた。
「君の行動には、どうも王女殿下というより、そちらのほうに強い動機があるようだからね?」
「……なんでそう思った?」
「あの
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