第45話:叶わない憧れの代わりに
「そういえば、ここはどこなんだ?」
俺の部屋はいったいどこにあるのか、気になって聞いてみる。
細いスリットのような窓からは、星空が見える。起きたときから薄暗かったけれど、でも地下室、というわけではないようだ。
「ここ? ここは使用人棟。住み込みで働く人たちが寝泊まりするための場所ね」
「イノリアもこのどこかで?」
「私は王女様付きの侍女だから、今はお仕事をはずされてるけど、個室自体は王宮内にあるわよ?」
「……ここは王宮じゃないのか?」
「王宮は王様がお住まいになられる建物だよ。私の、本来の仕事場でもあるわ。ここは宮廷の隅ね」
イノリアの話によると、使用人は基本的に決められたエリアにいるもので、いわゆるメイドさんのようなものらしいが、表に出て活動することはないんだそうだ。常に使用人エリアにいて、表に出るのは、
専用の華やかなフリフリのメイド服を着てるそうで、これになれるのは美人が絶対条件に加えて、接客業務をこなせる教養なども必要なんだとか。たぶん、ゲームとかアニメとかに出てくるのがこの種のメイドさんなんだろう。
じゃあ俺みたいなのはずっと使用人エリアだな、というと、イノリアはとんでもないと、首を振った。
「ヨシくんを使用人にする気なんて、姫様にはないから。さっきも言ったけど、ヨシくんは姫様の個人的な
本来なら、ということは、どうして俺は今、使用人棟なんだろう。
「だって、今は姫様が謹慎なさってるからね」
イノリアが、微笑んでみせた。
「姫様が謹慎なさっているのに、その食客が
……よく分からないけど、要は俺のご主人様がオルテンシーナで、そのご主人様が謹慎を食らっているんだから贅沢するな、ということなんだろうか。
「う~ん、……まあ、間違ってはいない、かな? 姫様の謹慎自体もそんなに長くはならないと思うし、少しの間、我慢してね?」
イノリアの微笑みが少しひきつっているように見えたが、間違いではないみたいだし、まあいいか。
左手や左腰のケガが良くなるまで、まずはおとなしくしていよう。
「それにね、これは、姫様からいただいた役得なんだよ?」
「俺の世話が?」
「そう」
サイドテーブルに置かれた燭台のろうそくは、もう、半分ぐらいになっている。
その小さな明かりに照らされる顔は、たしかに微笑んでいる。
改めて、女の子が俺のベッドに腰掛け、俺に軽くもたれかかるようにして微笑んでいる、この今の状況を認識する。
「……どうしたの?」
首を軽くかしげて、上目遣いにこちらを見る彼女に、急に胸がどきどきしてきたのを感じた。
さっきから、顔が近づくたびに、そのほそく白い首筋を意識するたびに、ほんのりと甘い香りを感じてしまうことに、その距離感を強く意識させられてしまう。
慌てて、何か話すネタはないかと考える。
「……ええと、あの……さ。そうだ、その……姫様が謹慎、の意味がわからねえな。ルティ──オルテンシーナは、なんで謹慎を食らったんだ?」
高校生的発想だと、酒とかタバコとか、あるいは暴力事件を起こしたとか。もちろんルティがそんなことする奴には見えないから、一体何が原因なんだろう?
「姫様はね、今回の騒動の責任を取って、自主謹慎なさったの。その……ショイシェの責任を取って」
「ショイシェ……?」
「……ヨシくんが最後に抱きかかえてくれた、あの子」
──――!!
思い出した、あの血だまりの中で倒れていた女の子!
たしか、あの部屋に、イノリアとルティを案内した子だったっけ。
思い出したくもないが、胸の穴と、パックリと抉られた喉は、身の毛もよだつありさまだった。
「……あの子ね、最近恋人ができたみたいで。金髪の似合う、背の高い素敵な人だったらしいの。どんな人かは絶対に内緒にしないといけない人だったって……」
「金髪っていうと、ラインヴァルトとか?」
というか、俺にはそれしか思い浮かばない。
あのイケメン、イノリア以外にもたくさんの女の子に声をかけてそうだ。
なんたってモテるだろうしな、夜の相手には事欠かないだろう。
「……あのね? ラインヴァルト様も金髪だけど、あの方はあまり女性に興味がない方だし、そういうことはないと思うの」
「え! 女に興味がないってことは、あいつ男が趣味なの!?」
衝撃だ。あの顔で。
そう思って、織田信長と森蘭丸の関係を思い浮かべる。──ああ、ラインヴァルトとナイヤンディール、あの二人、そういう関係だったのか!
「ヨシくん……思ったこと、素直に口に出し過ぎだよ。本当にそのうち、暗殺されちゃうよ?」
イノリアから暗殺という物騒な単語が普通に飛び出すところに、宮廷という世界の恐ろしさを垣間見た気がする。
「そりゃ、王宮の女官たちの間で、そういう噂は確かにあるし、どっちが攻めとかで宗教戦争が起きてるのも知ってるけど」
──あるんかい!
「そういう意味じゃなくて、ラインヴァルト様はね? 武勇にもお知恵にも優れた方だけど、兄上様がお二人いらっしゃるから、ウッズエーナ子爵領そのものを継ぐことはまずないはずなの。
そうすると、どうしても兄上様からどこか小さな村か街を
えーとつまり、あいつはすごい奴だけど兄貴が二人いるせいで領地を受け継ぐ可能性はまず無くて、ちっちゃい土地をもらってちまちま暮らすかどっかの金持ち女を捕まえてそこの家を乗っ取るかしないとダメってことか?
そう聞いてみたら、心底呆れたような顔をして、「間違い……とは言えないけど、もう少し言い方を考えてってば」とダメ出しされた。
「そういう方だから、どなたにもお優しいけれど、今のところはどなたにも特に興味を持たない……そんな方なの。ただの王女様付きの侍女なんかに手を出してる暇はないと思うよ?」
優しい……?
今までのあいつの行動を思い返してみる。
……優しいか?
この前のクソ王子とやりあった時のことを思い出してみても、ラインヴァルトが優しかったように思えない。
いや、過去……というか、未来の中ではなぜか俺にプレゼントくれたりしてたか。
デート中の記憶ではかなりイヤな奴だったけど、それ以外についてはそれほど……
……いや、あいつが絡んでこなければ、デートは楽しく終わったはずなんだし、やっぱり許せん。
ただ、許せないのは決定なんだけど、そのラインヴァルトについて、イノリアがいろいろ詳しいのが、なんかこう、もやもやして気になってしまう。
「詳しいんだな。……ひょっとして憧れてたとか?」
だから、からかうふりして、カマをかけてみた。
……そして、後悔した。
「……そりゃあ、誰だって憧れるよ。逆に憧れない人がいるのっていうくらいに。
だって本当にカッコいいし、すごい人なんだもん。お強くて、お優しくて、お金もあって。姫様とお話されているときだって、私たち侍女に対しても敬意を払ってくださるの」
俺から視線を外し、どこか遠くを見るように答えるイノリア。
「だからね? 自分には一生振り向いてもらえないって分かっててもね、そのおそばに立つ夢くらい見ちゃうよ。憧れって、そういうものじゃないかな」
その言葉を聞き続けていると、胸がどんどん苦しくなる。
確かにラインヴァルトはすごいやつなんだろう。俺よりちょっと上──少なくとも二十代前半くらいだと思うんだけど、その年で王子の側近だ。
第一、王子が気に入って連れ回すってことは、少なくとも相当の実力者のはずだ。俺みたいなただの高校生、何をどうしたって敵わない。
でも、俺のことを王子様、と呼んでくれたイノリアが、今、俺を見ずにラインヴァルトを称賛する。
その視線はどこか遠くを見るようで、つまりその先にはあいつがイメージされているんだろう。
そう考えると、胸が抉られるような思いになる。
いや、もちろんそもそも俺がこの先のイノリアを知っているからこそいろいろ考えてしまうだけだ。
彼女にしてみれば、俺はポッと出のヒーローもどき、対してラインヴァルトは実績を積んでる本物のヒーローだ。
俺だって、ラインヴァルトが嫌いになったのは、先日の夢の、あのデートをぶち壊されてからだ。それまでは、イイやつだと思っていた。
そうだ、イノリアだって憧れて当然なんだ。
当然……なんだ。
だめだ、なんかどんどん嫌な考えが沸いてくる。
「──そっか。じゃあ、今ここにいる俺は、叶わない憧れの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます