第43話:だってす……てきな、女の子と仲良く、なれて

「そういえば、イノリアはルティ──オルテンシーナの侍女だろ? いつまでもここにいて、大丈夫なのか?」


 俺の疑問に、イノリアはため息をついた。


「……姫様を呼び捨てにするようなヨシくんを一人で放置していたら、すぐに衛兵につかまって縛り首になりそうだからここにいるの」

「え、俺のせい?」

「半分本当で、半分冗談」


 そう言って、イノリアは小さく笑った。


「姫様、今、謹慎中だから」

「謹慎?」

「そう。あとね、私は姫様付きの侍女を解任されてるの。だから、ヨシくんのお世話ができてるんだよ?」


 ──ルティが謹慎!? イノリアが侍女を解任!?

「おい、ちょっと待てよ。姫様が謹慎っていうのもわけわかんないけど、イノリアが侍女を解任? それはおかしいだろ、俺のことをちょっと庇っただけじゃねえか!」


 それだけでクビ? やっぱりあのクソ王子、どうしようもない陰険野郎だったってわけか!


 ところが、そんな俺に対してイノリアがくすくすと笑った。


「ヨシくん、私のために怒ってくれるのは嬉しいよ? けれど、さっき言ったこと、忘れてないかな?

 ──私が、姫様付きの侍女を解任されてる今だから、ヨシくんのお世話ができるんだよ?」

「いや、でもあのクソ王子──」


 怒る俺を、ふふ、とイノリアが笑う。


「ヨシくん、よっぽどネクターバレン殿下が嫌いなのね」

「嫌いに決まってんだろ、あの陰険クソ野郎。俺の指もそうだけど、イノリアの──」


 言いかけて、その卑劣な物言いを思い出して再び怒りが沸いてきた。


「あの野郎、イノリアのことを馬鹿にしやがったからな!」

「私を、馬鹿にした?」

「俺とカラダの関係をもったんじゃないかとか、実はほかの男と関係してたとか、それをごまかすためにジジイと結婚しようとしてたとか!」


 俺の言葉に、イノリアが目を丸くする。


「俺がなんにも知らねえと思って、とにかくいい加減なことを言ってたんだよ!」


 だがあいにくだったなクソ王子、俺はイノリアがどんな子か、もう知ってんだ。

 バレバレの嘘をついたもんだから、ある意味俺は耐えれたってのもあるんだぜ! ざまあみろ!


「私が貶められたって、ヨシくんには何の関係ないのに……。まるで、自分のことみたいに怒るんだね」


 俺から視線を外しつつ、でもどこか嬉しそうに微笑みながら、イノリアがつぶやいた。


「おい、関係あるだろ。だってす……てきな、女の子と仲良く、なれて、その子がひどいやつだ、なんて嘘をいかにも物知り顔で言われたら、腹立つに決まってるだろ」


 あぶねえ、ナチュラルに好きって言いかけちゃったよ!


「──ねえ、ヨシくん。ヨシくんは、どうしてそれが、嘘って分かったの? 私たち、あの日に会ったのが初めてなのに」

「そりゃもちろん──」


 言いかけて、ハッとする。

 夢で、君が今後不幸になっていくのを確かめたから。

 ──そんなこと言えるか!


「……ええと、ほら! 拷問するときってさ、相手の気持ちをへし折るために、相手がショックを受けそうなことを言うもんだろ? 王女様付きの侍女になれるような女の子が、そんな──」

「もし、殿下のおっしゃったことが事実だったら、どうするの?」

「──え?」


 イノリアが、真剣な目で、俺を見つめる。


「殿下がおっしゃったことが事実だったら、ヨシくんは、どうするの?」


 ──え?

 ちょっと待って、イノリア、まさか……?


「恋人がいて、体の関係もあって、でもその恋人とは事情があって結婚できないから、だから家の事情に従って商家の後妻に入る──。

 そんな私を、ヨシくんはやっぱり、軽蔑するのかな……?」


 ……え、ちょっとまってくれよ。

 陰険クソ王子の言ってたこと、……マジだったの?

 い、いやその、……いや、絶対処女じゃなきゃだめだ、なんてことはさすがに言う気はないんだけど、でも……マジ?


 ……さすがにこれはヘコむ。

 陰険クソ王子が俺をヘコませるためについた嘘だと思ってた。

 マジかよ……

 俺、なに一人で勝手に思い込んでたんだ、彼女が彼氏無しだと……


「……あれ? ヨシくん? ヨシくーん?」


 いや、だってさ、勘違いするだろ?

 ルティが言ってたじゃん、誰が見ても俺とイノリアは結婚する仲だと思われてたって。

 だったら、俺とイノリアとの出会いがスタートだって思うじゃん?

 まさかすでに恋人がいて、体の関係まであるなんて思うわけないだろ……?


「……ねえヨシくん、聞いてる? もし私がそうだったら、ヨシくんは、私を助けなかった?」

「……え?」

「もう。聞いてなかったの?」

「あ……いや、その……」


 イノリアは、ちょっとむくれた表情を見せた。


「ヨシくんもやっぱり、そういう女の子を助ける気には、なれないんだ?」

「は?」

「だって、そうやって落ち込んでるってことは、私がそういう女だったって思って、がっかりしてたってことなんでしょう?」

「……ああもう! そういうことかよ!」


 頭を抱えて、思わず叫んでしまった。


「……やっぱり、がっかりしたんだ?」

「違う! あ、いや、それもあるっちゃある──けど、それは少しだけで! 違う、それだけじゃない!」


 自分でも混乱しながら素直に答えてしまったことに自己嫌悪する。違う、その一言でよかったのに。

 でも、口から飛び出してしまったのはもうしょうがない、必死に言葉を続ける。


「俺は! 勝手に誤解した俺のバカさ加減に腹立ててんだよ!

 イノリアを信じて拷問に耐えたはずなのに、勝手に誤解して勝手に落ち込んでた、俺のバカさ加減に!」


 母さんが俺に贈ってくれた言葉を、もう忘れてたよ俺! 女の子の話は、じっくり聞かないとな!


「……ヨシくんて、本当に変わってるね? 普通、そこは『男に恥をかかせた』とか言って怒らない?」

「なんでそんな怒り方になるんだ? いや、分かりやすく言ってくれよ、とかにはなるかもしれないけどさ」


 イノリアは目を真ん丸にして、そして、ふふっと笑って、肩にもたれかかってきた。


「ヨシくんって、不思議な人だね」

「『不思議ちゃん』なんて言われたこと、一度もないけどな」

「ううん、不思議な人。まるで私と対等でいたいような接し方だもん。私に敬語を使うなとか、……最初から短愛称とか」

「対等でいたいって、そんなの誰だってそう思うだろ?」


「どうして?」


 ……普通に疑問を返されたよ。

 どういう意味だろう、対等がいやだって、そんなこと思う子、いるのか? それともあれか? お姉さんぶりたいとか?


「どうしてって……好──ッ、仲良くなった女の子とは、対等でいたいだろ」

「普通、力関係で上に立ちたいって思わないの? 男の人なら」


 ……ああ、そういう意味か。

 まあ、確かに日本も昔はそうだったのかもしれない。亭主関白、とかいうやつだっけ?


 国語で、向田邦子だったか、その人のエッセーやったときの親父がそんな感じだったか。『癇癪もちで女房子供に手を上げる暴君だけど、実は照れ屋で不器用で、家族への愛を表に表せなかった人』だったか?

 そういう時代だったのかもしれねえけど、やっぱそれ、歪んでるだろ。お互い好き合ってるならもっと愛情表現すればいいと思うし、どっちが上とか関係ないだろう。

 

「そりゃ、相手より何か知ってるとか、そういうので優越感ってのは分かるけどさ。でも、なんていうか……お互い好き合ってるんだから、力関係は対等がいいだろ? そりゃ強い男ってのに憧れるってのは、……あるかも、しれねえけどさ……」


 尻切れトンボに自分の声が小さくなるのを自覚する。


 そういえば、やっぱ高校でもスポーツ万能の奴ってモテてたよな。俺なんて長距離だから地味だし……。ああ、そういう意味だったらヘコむ。マジで。

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