第40話:もう、これが最後の記録になるのかも
「じゃあ、なにかあったら、また呼んでね?」
改めてベッドを立つと、イノリアが念を押した。
「あ、ああ。それまでは、部屋で休んでくれてたら、それでいいから」
「なあに? 王女様付きの侍女には個室が与えられる、そんなことまで知ってるの?」
くすくすと笑いながら、イノリアが部屋を出ていく。「本当に、何かあったら遠慮なく呼んでね、ヨシくん?」と言い残して。
薄暗い部屋の中、一人、残される。
いや、一人、残る。
改めて、今、俺が夢と
俺のボディバッグは、ベッドのサイドテーブルの上に置いてあった。中身を確認すると、すべてそろっている。夢日記も無事だった。オルテンシーナの指示で、イノリアが回収しておいてくれたらしい。
木刀は無かったが、ボディバッグの中身が全部そろっている時点で、もう十分だった。
あのあとのことを、できる限り思い浮かべて
この夢日記は、もう、これが
▲ △ ▲ △ ▲
──本当に、最低な連中だった。王族というのは、最も強かった海賊や山賊の生き残り、などという言葉を聞いたことがある気がするが、本当に最低な野郎だった。
一度目の尋問のあと、王太子ネクターバレンは、もう少し話が聞きたいと言って俺をそのまま連行した。
目隠しをされて連れていかれた先は、高いところに一つだけ鉄格子付きの窓がある、石積みの部屋。
そこで待っていたのが、俺とオルテンシーナ、そしてイノリアの関係についての尋問と、拷問だった。
特に、イノリアとの肉体関係があったのではないかとしつこく聞かれた。
「──だって、誰だってそう思うんじゃないかな? 初対面の、しかも得体のしれない男のことなのに、国の権力者に対して庇い、真っ向から逆らい、待遇の保証を求めるんだよ?
何の見返りも無しにそんなことをする人間が、いるわけないだろう」
「知らねえよ! さっきから言ってるじゃねえか! 夢で見たんだよ、王女様が襲われること! ほんとそれだけなんだって!!」
左の人差し指の激痛に悶えながら、俺は半分嘘、半分ホントのことを必死に訴え続けた。
だって、それしか言いようがないだろ。
尋問官という名の拷問野郎に、クソ王子はさらに針を打つように言う。
指と爪の間を、さらに針が前進する、その痛みとおぞ気に悲鳴を上げて、のけぞる。
「強情だね? それくらい、認めたっていいんじゃないの? いくら三本に耐えたら許してあげると言ったからって、まだ一本目の半分も入っていないんだよ?」
「だから! あの子だって俺のことなんか知らねえだろうし、俺だってカノジョすらできたことない童貞だぞ! 関係なんかあるわけないだろ!!」
「──どう見ても君は十五歳以上だろう、それで童貞? 神官を志す学生でもあるまいし、もう少しましな設定を思いついたらどうだい?」
さらに打ち込まれる針に、俺は絶叫しながら「嘘じゃねえよッッ!!」と泣き叫ぶ。
「……あきれた強情っぷりだ。そんなにアイノライアーナ嬢がよかったんだねえ?」
悲鳴を上げる俺の耳元で、薄ら笑いを浮かべたサド王子がささやく。
「騙されてるんだよ、君は。その様子なら知らないんだろうけど、彼女、もうとっくに婚約者もいるらしいよ?」
おもわず見上げた俺に、クソ王子はにたりとした。
「聞くところによれば、その結婚も、別の相手との婚前交渉の醜聞をごまかすための、取ってつけたようなもののようだよ? もちろん、相手のヒヒ爺はそんなことお見通しで、彼女を
別の想い人を抱える女を蹂躙する……その楽しみのために、ね?」
──まさか。
そんなはずは──
「今日会ったばかりの女性が、君をあそこまで庇うなんて、だれがどう見ても不自然なのが、どうして分からないのかな?」
そう言って、針を左右に指ではじきやがる!
情けなく泣き叫ぶ俺の耳元で、さらにサド王子がささやく。
「君、ひょっとしてアイノライアーナ嬢に、なにか不本意な──弱みを握られているんじゃないのかい? 心ならずも今、君をこうして苦しめてしまっているけれど、教えてくれれば、そんなもの、私が握りつぶしてあげるよ? 君が一言、認めてくれれば、私は君を全力で守ろう」
守る──この王子が、俺を?
俺はもう、ほぼ正直に話していた。
なのに、クソ王子は俺の言うことを認めやがらなかった。
ただ、イノリアと俺が、世間的によくない関係を結んでいて、俺は騙されていた、操られていたというシナリオに、うんと言わせようとしているだけのように感じていた。
それの何がいいのか、さっぱり分からない。
分からないから、俺はただ、正直に、夢で見たと言い続けるしかなかった。
──ホントだ、ホントなんだよ、なんで信じてくれねえんだよ!
無様に泣きわめき続ける俺に、ニヤニヤするクソサド王子の命令で、さらに針が追加された。
結局俺は、さらに中指、薬指の指先の爪の下にも針を食らって、あまりの痛みのせいか、意識が遠くなって……
──それで、起きたよな?
病院のベッドで、起きたはずだ。
起こしても起こしても起きない俺に、母さんが異常を感じて病院に通報して、それで何日か入院してたんだった。結構ヤバいレベル──昏睡状態だったらしい。
それでも起きて、俺に飛びついて泣く母さんに、腹減ったって言えてしまった自分は、その瞬間はまだかなり頭がぼーっとしていた。
でも、起きようとして指に力入れて、その時、左の人差し指、中指、薬指の指先──正確には爪の下がひどく痛むのに気づいて、頭が吹っ飛んだんだった。左の腰の骨当たりのところも、ひどく痛んだ。
それぞれ、なぜか内出血してた。特に指は、すうっと、縦の筋が分かるように。まるで、針を差し込んだみたいに──。
最初、母は俺に何かを言っていた。
泣いてるのは分かったし、確かに日本語だとも分かった。
なのに、理解ができなかった。
何を言っているのかを。
「
そして、俺も、口から出た言葉は、よく分からない言葉で。
何を言っているのかわからないのに分かる、奇妙な状況で。
最初はゆっくり、
「どうしてあんな格好で寝ていたか、理由は言える?」
母さんは落ち着いてから質問してきたが、夢の中に持ち込むため、なんて、訳の分からないことを言って、信じてもらえるとは思えなかった。
俺が答えられずにいたら、母さんは俺のボディバッグを見せて、中から夢日記を取り出した。
「それ──!」
「時間はいっぱいあったからね。お母さん、内容は正直、よく分からなかったけど」
夢日記を母さんに読まれた――その時の衝撃を思い出すと、今も頭がかゆくなる思いだ。
「それで、よっちゃんが好きなのは、この、イノリアさんっていう子なのかしら? ルティちゃんって子もいたけど、前に話してくれたこととも合ってるのはイノリアさんだし、よっちゃんがそんな恰好でお布団に入ってたのは、イノリアさんに逢いに行っていた──そういうことなのね?」
母親による黒歴史公開処刑を食らっているような気分だった。
必死に手を伸ばして奪い取ろうとすると、母さんはにこにこしながらあっさりと返してくれた。
「お母さん、あんまり賢くないからよく分からないけど、よっちゃんの好きな人は、よっちゃんにしか会えない人なのかな。お母さんも会えそう?」
俺は、ボディバッグからスマホを取り出すと、ロックを外して渡す。
「写真は……撮ったつもり、だったんだよ」
あの、真っ黒な三枚。
布団の中で、おそらく間違って起動して、撮影したんだと思っていた、三枚。
なのに。
「ふうん──よっちゃんと彼女さんの、ツーショットなんだ?
よっちゃん、かっこいいね? お祭りか何かで着たのかな? 隣の青いドレスの綺麗な子が、イノリアさん? 目の色が綺麗ね、見たことない色してる。カラコンなのかな?」
「…………!?」
「二枚目は……あらあら。ちょっとぶれてるのが惜しいけど、イノリアさんから、ほっぺにキスされてる。やっぱり外人さんなのねえ、積極的ね」
「うわああああああっっっ!!」
慌ててスマホをひったくる。
「あら、見せたくて見せてくれたんじゃなかったの?」
「前に確認した時は、真っ黒な画像だったんだよ!」
「どういうこと?」
「そんなの、俺が知りてえよ!」
慌ててスマホと夢日記をボディバッグに突っ込むと、「もう見るなよ!」と、胸元にかき抱く。
「見ないわよ、もう十分見たから」
「うるせえっ!」
そのあと、母さんは飲み物を買ってくると言い、席を立ち、俺はベッドに寝転がると、なぜか、目の前には、尋問官という名の拷問官がいた。
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