第38話:あのクソ王子にイヤミ金髪、絶対に

「いや、別にいいんだよ? ただ、今回犠牲になった娘は、ショイシェ……といったか。確か彼女は、フェールザクト男爵の次女だったね? なんとも悲しい話じゃないか」


 王太子の奴、悲しいとか言ってるけど、ポーズがいちいち大げさで、全く悲しんでいるようには見えない。それともアレか? そういう仕草をするのが、人の前に立つ王族としてくせになっているんだろうか。


「こんな犠牲を払ったうえで、我が国の騎士でもない男に、国庫から俸禄を出せというのかい? さて、フェールザクト男爵は、何と言うだろうか」

「で、ですが王女殿下をお救いくださった功績に、何ら報いぬというのは、この国の度量が──」

「さっきから黙って聞いておれば、小娘! 王太子殿下に直接口をきくとは何たる不敬! 殿下のお情けで同席させていただけている、そのこともわきまえぬような礼儀知らずは──!!」


 ヒゲ団長が椅子を蹴倒して机を叩き、イノリアを黙らせる。アレか、身分が違い過ぎると直接会話しちゃならんとか、発言に許可を求めねばならんとか、そういうしきたりか。

 ……めんどくせえ。


「よい。団長。

 ……しかし面白いね、君は。この場で私に諫言かんげんする、その意味を理解しているのかな?」


 両手を組んで、顎をそこに乗せ、薄く笑うネクターバレンは、なにか、攻撃態勢に入った猫のように見えた。

 いたぶる獲物を、見定めるような。


 ──ゾッとする。このままでは、いけないような。そんな気がする。


「おい、王子様」


 思わず敬語もへったくれもない呼びかけをしてしまう。さすがにこの口のききかたには、全員の視線が集中してしまった。冷や汗が出るが、しかたない。そのまま続ける。


「……要するに、俺に金出すかどうかって話なんだろ?」

「貴様! 皇太子殿下に対してなんという口を!」


 ヒゲ団長がこれまた激怒してみせるが、あの飛び降りで死ぬ思いをしたことを思えば、怒鳴られるくらい大したことない。


「イノリアは関係ないだろ? カネがねえから出したくないってんなら、別にカネなんていらねえよ」

「ええい、この不敬者めが! 今すぐ牢にぶち込んでくれるぞ!」


 真っ赤になるヒゲ団長に対して、ネクターバレンとラインヴァルトは、二人並んでぽかんと口を開け、目を丸くしている。

 このイケメン二人がこういうアホ面を並べていると、ちょっとだけ、してやったりという気分に浸れるから面白い。


「馬鹿者、あまり兄上を怒らせるようなことを言うでない。我と違ってそなたには後ろ盾がないのだ。縛り首どころか、この場で無礼打ちになっても文句は言えぬのだぞ?」


 オルテンシーナが、そっと小声でたしなめてくる。その言葉遣いこそいつもの男っぽいものだが、今日出会ったばかりの俺のことをちゃんと心配してくれている。

 やはり、根はやさしい子なんだろう。


「へえ、ルティが心配してくれるなんて。それだけでも、あの黒ずくめをがんばってやっつけた甲斐があったよ」

「ばっ……! そなた! やはりとは我のことだったのだな!? 滅多なことを口にするでない!」

「大丈夫だって、俺はそんなことぐらいで──」

「ヨシマサ


 ネクターバレンだった。

 薄い笑みを浮かべて、彼は続ける。


「君は今、我が妹を、オルテンシーナではなく、『ルティ』と、そう呼んだね?」


 相変わらず、ネクターバレンは組んだ両手の上に顎を載せて。


「兄上! 彼は、我の命を救った人間だ! 彼を我の──」

「黙りなさい妹よ。これはお前だけではない、我が王家の問題なのだよ」

「いいや、黙らぬ! 彼は我の命を救った人間だ! よって、我が食客として迎え入れる! 手出しは無用に願おう!」


 オルテンシーナが妙に必死なのが気になるが、実際にはこのあとの夢の続きがあるわけだから、俺がここで追放とか、そんな話になるわけでもない。


 ──そう、思っていた。


「ヨシマサ君。君からは、もう少し、きちんと話を聴く必要があるね?」


 薄い笑いを浮かべ続けるネクターバレンの隣で、ラインヴァルトがため息をつく。


「私は付き合わないぞ?」

「いいよ? これは我が王家の問題、今回は君に付き合ってもらう必要はないからね。だが、なにせ君と私の仲だ。付き合ってくれると信じているよ?」

 

 ──夢、なのだから、何も怖いことなど無い、と。


「兄上!」

「ヨシマサ君。我が妹は愚かではあっても、一応王位継承権を持つ、王族なのだよ。

 君は、少し、処世というものを考えると、もう少し、のではないかな?」




「……ここは?」


 暗い部屋に白い天井。コンクリートでできていそうな。


 ──うちの天井じゃない。


 なんだろう。どこだ、ここは。学校でもない……?

 体を起こそうとして、ひどく左手の爪先が痛むことに気づいた。左の腰も痛む。


 ──何だろう。なにがあった?


 首を傾けると、椅子に座ったまま、こっくりこっくりやっている人がいた。

 薄暗い部屋の中、髪の色はいまいちよく分からないが、長い髪の女性。


「……イノリア……?」


 口をついて出た言葉に、女性が起きる。


「……ヨシマサ様……?」


 ああ、間違ってなかった。なぜか安心する。

 薄暗い部屋だから、顔もよく分からない。

 でも、声で分かった。確かにイノリアだ。


「ごめん、いい? ──ここ、は……?」


 体を起こしながら言いかけて、しかし、最後まで言うことはできなかった。


 ばふっ


「よかった……! 本当によかった……!! 助けてくださった人を死なせてしまったんじゃないかって、私、私……!!」


 イノリアが、俺に、飛びついてきたからだ。


「死なせるって……大袈裟な」

「だって……! だって二日間、目を覚まさなかったんですよ? 私のせいでこんな……!」


 彼女が、俺にかじりついて、泣いている。

 ……俺は、何度、イノリアを泣かせるのだろう。




「倒れた?」

「はい。王太子様と、ラインヴァルト様、それから尋問官に、いろいろと訊かれていたんですよ? 覚えてらっしゃらないんですか?」

「……俺、姫様とイノリアと一緒に、クソ王子とイヤミ金髪と、ついでにヒゲ団長相手に話してたんじゃないの?」


 イノリアは俺の言葉を聞いて、目を真ん丸にする。


「よ、ヨシマサ様、それはあんまりにも不敬で──」

「いないところでくらい言わせてくれよ、あいつらイノリアに嫌味ばっかり言いやがって」


 イノリアがさらに目を丸くする。


「え、あの……、お怒りは、そちらのほう、なんですか?」

「それ以外に何があるんだよ。あ、ルティにもイヤミを言ってたな、あのクソ王子」


 思い出すと腹が立ってくる。

 俺のために、多分普段なら絶対に直接モノを言うことなんてできない相手に対して抗議してくれたイノリア。

 自分をかばってくれた、意外に可愛いオルテンシーナ。


 俺のことを怪しいと思うのはしょうがない、実際怪しいだろうし。

 だけど、イノリアもオルテンシーナも純粋な被害者だ。なんであんな言われ方をしなきゃならないんだ。


 ──だめだ、さらに腹が立ってくる。


「……ぷっ」


 俺の言葉を聞いていたイノリアが、小さく噴き出した。


「……ご、ごめんなさい。でも、そこはヨシマサ様が怒るところじゃ、ないですよ……?」

「だって二人とも俺をかばってくれてたじゃん。そんな人を傷つけるようなことを言うあの二人は俺、嫌いだね」


 あのクソ王子にイヤミ金髪、絶対に許さねえ。イノリアがそばにいなかったからって、あんなゲスなことまで言いやがったんだぞ? 俺は許せない。


「だめですよ? どこで誰が聞いているか分からないんですから。ヨシマサ様、もう少しだけ、自重なさったほうがいいですよ?」


 自重っつったって、これは夢だから──

 思わずそう言いかけて、そして、気づく。


「──夢……?」


 これは夢。

 ……これは、夢……?


 俺は、一度、起きたよな?

 俺は、一度、……病院で、起きたよな?


 ずくん、ずくん……左手の爪先が痛む。

 この痛みは、なんだ?


 毛布の中から左手を取り出す。

 ぐるぐるに巻き付けられた包帯。


 左の指をじっと見つめる。

 これは……なんだ?


「あ、あまり動かさないほうがいいです。深くまで針を刺されていましたから──」

「──針?」

「はい。……その、尋問の時に……ですよね?」

「──尋、問……?」




『強情だね? それくらい、認めたっていいんじゃないの? いくら三本に耐えたら許してあげると言ったからって、まだ一本目の半分も入っていないんだよ?』


 ──さらに奥に打ち込まれる、左の人差し指の、爪の下に打ち込まれた針。

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