第37話:ラインヴァルトと王太子、二人そろって
ラインヴァルトも、ピクリと眉を動かすと初めて俺の方を見た。
──ん? ラインヴァルトも、そういうお告げとか占いとか、そういうのが気になる人?
「この度の不埒者の襲撃を、貴様はあらかじめ知っていたというのか!?」
ヒゲ団長は、苛立たしげににらみつけながら言った。
「い、いや、だから、そんな具体的じゃなくて、たまたまで──」
「そんな偶然があってたまるか! なぜ我々騎士団に通報しなかった!」
うーん……、何と言ったらとりあえずこの場を収めることができるのか。
「……じゃあ、いつの夜の何時ごろか分からないし、どんな奴らが来るかもさっぱりわからないけど、なんか王女様に危機が迫りそうな気がするよ? それ以上一切分からないよ、と言われて、今日にあわせた警備体制を、あんたら取れるの?」
「……なに?」
ヒゲ団長がギョロリとにらんでくる。おお、怖え。夢でなきゃこんな軽口叩けねえな。
「俺はたまたま、この国の王女様が、気は強くて表情も硬くてツンとした
──あんたら、俺からそんな曖昧な警告もらって、ホントに今日、あの時あの場所に、兵隊さんを配置できた?」
「……それはもちろん!」
一瞬遅れたが、ヒゲ団長は胸を張ってみせる。うそつけ。
それはそれとして、「なんということを言うのだこの男は……!」と、うつむきながら両手でほっぺた押さえてふりふりしている王女様が可愛いんだが。
「でも、あらかじめ兵隊さんを配置したら、そんなところで襲撃なんかしないでしょ。そしたら、別の場所で襲撃されてたかもしれないよ?」
「ぬ……! それは……いや、しかし……」
「それは我が王国が誇る、王都の守りの要として日々研鑽を積む『金剛石の楯騎士団』に対する中傷と解釈するが、それでいいか?」
ラインヴァルトだった。
「い、いや、別に中傷してるわけじゃないだろ? わざわざ敵が来そうなところに兵隊さんなんか置いちゃったら、敵はわざわざそんなところに来るわけないし」
「だが、うまくいけば先手を打って殲滅することなど難しいことではなかったはずだ。仮にそれが果たせなかったとしても、王女殿下への護衛を厚くすることで、万難を排する体制を整えることもできただろう」
──なんか芝居がかった大げさなオーバーアクションで語るラインヴァルトだが、そりゃ結果論ならそうだろうけど、実際それで、いつまでもそんなことできるわけじゃないよな?
「さらに言えば、貴様のくだらない個人行動のせいで、王女殿下を危険な目に遭わせたのだ。また、眼前で侍女を失った王女殿下の心労いかばかりか。それを考えれば、貴様の身勝手な動機による個人行動は許しがたい」
「身勝手な動機?」
「自分が暗殺者どもを排除すれば、王女殿下の覚えめでたくなり、取り入ることができると踏んだのだろう? 下賤な輩の考えそうなことだ」
俺の顔も見ないで、不機嫌そうに言う。
……なんだよ、コイツ。ラインヴァルトって、こんな嫌な奴だったのか?
「しかし、たかが四人の雑兵を排除するだけで、王女殿下に取り入ることができるとは思わぬことだ。現に王女殿下お気に入りの侍女の命が奪われ、殿下の命を危機に曝した。万が一、我々に情報を流すことで護衛を強化でき、問題を排除することができていれば、貴様もその功績を認められ、騎士団の従士にでも取り立てることができたものを」
「……!? どういう意味だ?」
「貴様が独断専行で功を焦った結果がこれだ。少なくとも、我々は無条件で功績を認めることはできなくなった、ということなのだよ」
相変わらず俺の顔も見ないで淡々と。
大体、功績って? 何言ってんだ、ラインヴァルトは。
俺はそんなもん、いらねえぞ?
「待ってください!」
功績なんてどうでもよかったが、なぜかイノリアがそこに反応した。
立ち上がると、真剣な顔で訴える。
「この方は、オルテンシーナ殿下を──私たちを救ってくださったんです! ショイシェのことは……その、悲しいことですが、でも、だからと言って、この方が身を挺して成してくださったことに、あまりにもお心のないお言葉。いつも公平でお優しいラインヴァルト様とは思えません!」
しかし、さすがに身分の違いを意識したのか、ハッとした様子でうつむき、小声で「不躾をお許しください……」と言って、おずおずと座ろうとする。
「誰が公平で優しいと──」
ラインヴァルトはそう言いかけてイノリアを見て、
……しばらく彼女を見つめ、そして、言った。
「──ふむ。失礼、君は、名を何と言ったかな?」
「我の侍女の名も覚えておらぬとは、お忙しいことだなラインヴァルト。アイノライアーナだ」
応えようとしたイノリアを制して、オルテンシーナが、薄く笑って答える。
「我のお気に入りくらい、覚えておいてくれてよかろうに」
「申し訳ございません。殿下のお気に入りは、そのご気性ゆえか、
ラインヴァルトも、いわゆる『目が笑っていない』笑い方で返す。
あれか。激しい気性だからすぐやめさせられちまう、そんな連中を覚えるのは時間の無駄と、そう言いたいんだろうか。
「……ですが、たしかに、殿下のおっしゃる通りですね。以後、心得ておきましょう。
アイノライアーナ嬢、家名はなんと?」
突然、しゃべり方に冷たさが感じられなくなった。ふわりと笑顔をほころばせ、イノリアに水を向ける。
「──サティオカーレ。七位下の下級官吏補佐官アンデルパ・サティオカーレが娘です。お見知りおきを」
イノリアが、ややきつい目で答え、深々と頭を下げる。そう言えばイノリアの家は、宮廷貴族の、しかも下っ端って言ってたっけ。わざわざそれを名乗らせるっていうのは、なんかヤらしいな。
「七位下……? 一代騎士を除けば貴族として最低位階じゃないか。妹よ、なんの酔狂でこの者を侍女に?」
王子様が、興味深げに話を振ってくる。うわ、コイツも性格悪そうだ。それとも、純粋に好奇心が強いだけなのか?
「兄上の性根なら見て分かろう? 位階によらず、言うべきことはきちんと言える娘だ。顔色をうかがうばかりの凡百の宮廷貴族子弟とは違う、小気味よさがある。それで納得はせぬか?」
「ふうん、小気味よさ、ねえ……?」
王子さまは、首を傾け顎を上げるようにして、半目でイノリアをじろじろ眺めていた。
正直、人を小馬鹿にするような態度にしか見えない。オルテンシーナもやたら威張った態度だが、威張っているのであって人を小馬鹿にした態度というわけじゃない。このネクターバレンとかいう王子、かなりイヤなヤツに思える。
「──まあ、いい。アイノライアーナ嬢、さっき君は、そこのヨシマサとかいう風来坊にも勲功を与えるべき──そう言ったように感じたのだが、私の聞き間違いではなかったかな?」
王太子にそう言われて、イノリアは「お許しがいただけるのでしたら、ぜひ」と答える。
……この時間軸のイノリアは、俺とはこれが初めての顔合わせで、俺のことなんか何も知らないはずなのに、どうしてこんな、自信を持って言えるんだろう。
「ふむ。──面白い娘だねえ。団長、もし仮にこの男が騎士団に所属していたとして、今回の件について報奨を支払うとすれば、どうなる?」
「報酬ですか? 要人救出、襲撃者の捕縛に成功、人質の奪還などをたった一人で──」
言いかけたところに、ネクターバレンがなにかささやきかける。
「──は……。
救出には成功したものの、要人の御傍付きの貴族子女の身を守れなかったについては、騎士として大きな失点であります。よって、功績と失点が相殺されるものかと」
これは面白い。今、目の前で、あからさまな不正を見ちまった気がするよ。
決定。王太子ネクターバレン。てめえは、イヤな奴だ。
ラインヴァルトと王太子、二人そろって性悪コンビってところだな。
「……ですが、あくまでもこれは法典の規則に従ったものであり、個人の名誉を、個人が顕彰すること自体はなんら問題はありません」
そう言って、ヒゲ団長は目をそらす。
ぎりっ……と音がしたのは、……隣の、オルテンシーナだ。
「どうも、そういうことみたいだ、我が妹よ。……そういえば妹よ、君は確か、私財を投げうって、市民になにか、していたような気がするね? ええとなんだったか──」
これまた芝居がかった仕草で思い出そうとするポーズを決め込む王太子に、ラインヴァルトが事務的に答える。
「慈善院、孤児院、薬草院への寄付、それから食い詰め者どもへの給食等の施し、であったかと」
「ああ、ありがとうラインヴァルト。
私も、一個人に対して、
そう言って、すうっと、目を細めて、薄い笑いを浮かべる。
「──君が、慈善院に寄付するのと同じように」
オルテンシーナも、あの、生け垣の中では見せなかった、能面にも似た固い笑みを浮かべる。
「なるほど。寛大な兄上らしいお言葉であらせられる。あくまで我の歳費から出せと、そうおっしゃるか」
いったいなんだ?
どういうやりとりだ?
なんでこの兄妹は、こんな、皮肉っぽいやり取りでやりあってるんだ?
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