第32話:俺じゃ、やっぱり君を守れないから

 ラインヴァルトの話を聞いて、倉木は鼻くそをほじりながら大して興味なさげに言った。


「ふ~ん……。で、お前、それ知って、なんて返したんだ?」

「感じたそのまんま返した。俺には敵わない、あいつのほうがいいだろうって」

「……で、イノリアちゃんは何って?」

「おもいっきりひっぱたかれた」


 道の真ん中で、誰もが振り返るくらいの音で。

 そして、泣かれた。


「……お前ホントにバカだな」

「お前よりは点数あるけどな」


 倉木の果てしなく長いため息に、俺はムッとして言い返したが、倉木は俺に掴みかかる勢いで身を乗り出してきた。


「バカに決まってんだろ! イノリアちゃんが、どんな思いで敵の情報を語ったと思ってんだよ!」

「……いや、単にアイツのスペックを語っただけだろ?」

「ちげえよ、そこがバカだって言ってんだよ! そんなすげえ奴が言い寄ってきても、それでもお前がいいって言ってるんじゃねえか!」

「なんでお前にそんなことが分かるんだよ!」

「なんでお前はそんなことも分からねえんだよ!」


 倉木はくしゃくしゃと頭を掻き回すと、今度こそ、俺の胸倉に掴みかかってきた。


「ああもうヨッシー、おめーにイノリアちゃんは任しておけん! 今晩から──いや、今すぐお前の夢を俺によこせ! 俺がイノリアちゃんゲットして無双してきてやる」

「できるかよ、第一、ただの夢だろ?」

「よし分かった、お前がそう言うスタンスなら遠慮はいらねえだろ、俺が夢ン中でイノリアちゃんとウハウハ結婚生活をしてやる!

 だから寝ろ、今すぐここで寝ろ! 俺もダイブしてやる!」

「できるか!」

「……で? もう昼休みはとっくに終わっているんだが、お前らは何組だ?」


 生徒指導の「鬼の原立はらだち」が、青筋を浮かべた面白い笑顔で、口角をひくひくさせながら、背後に立っていた。




 授業の合間に、覚えていることを夢日記に書き留めながら、あのあと──イノリアを泣かせてしまった後のことを、漠然と思い出していた。


「そんなに私じゃ不安? 私って、そんなに信用がないの……?」


 イノリアは、泣いていた。

 街路の端で、俺の肩に顔をうずめるようにして。


 イノリアの身に降りかかる、今後の凄惨な運命。

 それを回避するためには、やっぱり俺なんかよりも、ラインヴァルトのほうがよっぽどふさわしい。

 身分もカネも軍事力も、そして個人の武名もある。そんな、まさに「天に愛された」と言ったらいいのか、これこそまさにチートだろうと思う、完璧超人。


 イノリアは身分の差について何か言っていたけど、ラインヴァルトが気にしていないなら問題ないだろう。あいつはどうも昨夜の夢で気に食わない奴になったが、それは俺が、奴にとって邪魔だったからに違いない。


 そうだ。

 彼女の最終的な幸せを考えたら、やっぱり俺なんかよりもラインヴァルトのほうがふさわしいんだ。

 ……たとえ、俺とイノリアが、互いに好き合っていても。


「……そういうわけじゃないけど……、俺じゃ、やっぱり君を守れないから──」


 そう言ったら、キッと俺をにらんで、それで、指輪を外しちゃったんだっけ。


「……だったら……だったら贈らないで! そんなもないのに、指輪なんて!!」


 あのあと、どうなったんだっか。

 なにかさらにあったような気がするが、もうその辺りは覚えていない。


 ああ、だからそれ以後の夢で、指輪を付けていなかったのかと、納得する。

 そして、因果が逆じゃん、と、すっかり夢の世界に毒されている自分に気づく。

 彼女が昨夜の夢で外したから、その前の夢で指輪を付けていないんじゃない。

 しいて言うなら逆、以後、指輪をしていないから、昨日の夢では結局外したんだ。

 前の夢と、整合性を保つために。


 もう、俺は、夢が実在する世界であるかのように感じている。

 いよいよ、頭がおかしくなってきているんだろうか。




「あのさ」


 帰り道、コンビニのレジ待ちをしていると、倉木が勝手に俺のカバンを開けながら言った。


「夢日記借りるぞ?」

「おいコラ勝手に持ってくなよ!」

「コピーするだけだから。すぐ返すって」


 俺が止めるのも聞かず、勝手にコピー機までもっていく。

 取り返そうと思ったが、ちょうどレジの順番が回ってきてしまった。くそっ、間が悪い。


 バイトの大学生っぽい女の、もたもたした会計をイライラしながら待っていると、倉木がコピー機から戻ってきた。


「サンキュ! 連名で投稿するから、書籍化されたら山分けな?」

「……は?」

「ほら、俺、『ヨミカキ』にユーザー登録してあるだろ? 今まで読み専だったんだけどさ、お前の夢を小説にしたらどうかと思って」


 ……ちょっと待て。

 俺の夢の内容を小説化?

 まて、ひょとしてキスしたこととか、そういうことも書く気か?

 ──んな恥ずかしいモノ、書かせてたまるか!


 やっとレジの会計が終わり、倉木からノートを奪い返す。


「大丈夫だって。ちゃんとアレンジするし。

 例えば、俺、金髪のアイツ、なんかムカツクんでフルボッコにしといて、イノリアちゃんと俺がラブラブになるみたいな」

「おい待て。なんで倉木とイノリアがラブラブになるんだよ」

「だって、お前にとっては『どうせ夢』なんだろ? 関係ないじゃん」


 大ありだ! イノリアは俺の夢の中のヒロインなんだぞ!

 ──それが倉木とラブラブになるって、なんか俺のキャラでみたいですごいイヤ!


「別にいいじゃん、『どうせ夢』なんだろ?

 で、タイトルは『くらき魔王が底辺貴族の令嬢を助けて夢の中で無双中』で決定な!

 なんたって異世界なんだからお前が身バレするワケねえし。あ、イノリアちゃんは語呂が気に入ったからそのまま採用な?」

「バカかてめえは。それなら山分けじゃなくて原作者リスペクトしろ、九対一で俺が九割な」

「バカはてめえだ、それなら活字に起こす俺の労力に敬意を払って山分けに決まってんだろ」


 ──だめだ。俺、最近、すっかり倉木ワールドの住人だよ。

 考えてみりゃ、人の夢のキャラとラブラブになりたいって、どんだけだよ。まずはお前の二次元嫁を全員整理してから話を付けに来いってんだ。




「なあ、ヨッシー」

「なんだよ?」


 駅での別れ際、倉木はサムズアップをしてきた。


「イノリアちゃんと、がっつりラブラブしてこいよ!」

「……その心は?」

「その話、お前を俺に書き換えて俺とラブラブにしてやる」

「マジでお前死んで来い」




 けたたましいガラスの破砕音と共に、俺は月を背中に部屋に飛び込んだ。たまたま窓辺にいた黒ずくめのやつを、おもいっきり踏みつける。もちろん、偶然だ。

 手に持った素振り用の木刀で念のためにぶん殴っておく。


 絹を裂くような甲高い悲鳴が遅れて響く中、俺は一番近いやつを素早く見繕う。


 この暗い部屋、世界観で、LEDヘッドランプはあまりにも明るすぎたらしい。驚き手をかざしている黒ずくめのうち、手近な奴を素振り用の木刀でぶん殴る。

 体育でやった剣道なんて役に立たないと思っていたが、とりあえず小手をかましてひるんだところで、一番攻撃しやすい腹に突きをぶちかます。


『斬るのと突くのとどっちが強いと思う?』


 あるとき、倉木に出された問題だ。


『正解は突きだ。攻撃判定の発生が二フレーム速い』


 ゲームかよ!

 聞いたときは突っ込み不可避だったが、倉木のゲーム知識は思わぬところで役立った。


『リアルでも突きだぞ。攻撃判定発生が速いのはリアルも一緒だし、リーチはあるし、まっすぐ突き出すだけで大ダメージだ。

 しかも線の攻撃の斬撃は防ぎやすいけど、点の攻撃である突きは、防ぎにくいんだぜ?』


 とにかくこっちのアドバンテージは、「まさか」という奇襲、その一点のみ。

 ごへっ、と、腹を突かれてうめいた黒ずくめが体をかがめたところで、今度は肩を思い切り木刀で殴る。

 床に膝をついたところで、そのまま肩をヤクザキック。仰向けに倒れたところを、思い切り急所蹴り。

 悶絶したところでさらにもう一回蹴り飛ばす。おそらくこれで、奴の人生は終わったに違いない。


「動くな!」


 二人目を戦闘不能にした瞬間だった。

 もう一人の黒ずくめが、金髪ドリル──オルテンシーナの喉元に刃物を突き付けて人質にしようとしたところだった。


「この女がオルテンシーナ姫だな? この女の命が惜しければ、今すぐ──」


「──……」


 これは夢だ、何でもできる、という万能感。

 俺は一気に踏み込むと、体が半分、オルテンシーナから飛び出ていた黒ずくめの、その腕を思いっきりぶん殴る──人質になった、オルテンシーナごと!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る