第28話:碧がかった青い石が、綺麗に思ったから
「イノリア、アクセサリーみたいだよ? ちょっと見てみよう」
正直、それほど高いものを扱っているとは思えなかった。ドレスが、落ち着いた感じとはいえ、このサラサラの綺麗な質感の布はたぶん絹とかそういうのだと思うし、当然、それにふさわしいアクセサリーも、金とか銀とか宝石とか、とにかく綺麗なものでなければならないだろう。
けれど、市場の隅で開いているアクセサリーの露天商がそろえるような代物が、そのドレスにふさわしいとは思えない。
ただ、それでも、なにか、思い出にできるような、そんなものがあれば嬉しい、それが俺のその時の想いだった。
イノリアは、そんな俺の想いを汲んでくれたのか、一緒にアクセサリーを選び始めた。彼女はやはり着飾らない性質なのか、どちらかと言えば小さな石が使われた、ごくごくシンプルなネックレスを選んでは、楽しそうに見比べ、着け比べている。
「なんだか、こうしてると──契りの装具を選んでいるみたいね?」
……ええと。
契りって……この場合、婚約? 結婚?
そうやって考えると、急に、ものすごく、恥ずかしくなってくる。
「あ、赤くなった。ヨシくんたら、可愛い」
そう言って笑ってみせるイノリア。
「そっか、ヨシくんって口づけは平気なのに、そういうことを言うと、恥ずかしがるんだね?」
ま、待てよ。
それじゃ俺が、女子にキスしまくる変態みたいじゃねえか。
「ちがうの? 姫様の庭園でもそうだったし、さっきのびんも、私が飲んだあと、平気で口を付けたよね? 私に渡したときは、やめてって言ってもふいちゃったのに」
いや、そりゃ……ええと……。
……って、姫様の庭園でも、
「あ、ひどい。忘れたなんて言わないでね? 私の初めてだったんだから。最初の時はあんな痛いものだって思わなかったし、そのあとは慣れたのか、痛くしないでいっぱいされちゃったし」
両手を頬で押さえるようにして、目を閉じながら、めいっぱい幸せそうに左右に揺れている彼女に、俺はもう、ただただショックしかない。
え、なに?
――ごめん、それ、俺の決して多くない知識の中で当てはまることって、……マジで、ひとつしか、思い当たるものがないんですが……?
店の主人が口笛を吹き、「だったら、嬢ちゃんの言う通り契りの装具にできる、指輪なんかはどうだい?」と、重ねられた箱の、下の方のものを引っ張り出してきた。
「これは客の層が違うから、露店じゃあ出さねえものなんだけどさ。あんたら身なりもいいし、騎士様かなにかなんだろ? こっちの指輪は、騎士団の懇親会にだって胸張って着けられるペアリングばかりさ。どうだい?」
おっちゃん、本気モードになったらしい。俺たちはカネになる、と判断されたようだ。
「さっきのものよりも、ずいぶん細工が細かいのね?」
「そりゃあ、さっきも言った通り、こっちは本来、露店で出すモンじゃないからな。もし気に入ってくれたら、大通りの時計宝飾店『リボタック』のほうにも顔を出してくれよ。そっちは兄貴がやってる」
イノリアにいくつか指輪を進めながら、おっちゃんは人懐っこい笑顔で言った。
「お兄さんがお店、あなたは行商ってこと?」
「んー……まあ、そう、だな? 似たようなもんだ。信用第一リボタック兄弟、時計と宝飾品ならウチに来な。どこぞの『アントラスト』には、一つ一つの値段では敵わねえかもしれねえけど、品揃えと品質、使い勝手なら絶対に負けない自信があるぜ」
ニッと笑って見せるおっちゃん。今の話だと、この人はリボタックさんというらしい。ライバルの店がアントラストか。
「へえ……『アントラスト』って、ほかの街にもいくつか支店を持ってる、大きなお店でしょう? そこに負けないって、すごい自信ね?」
「知ってるのかイノリア?」
「アントラストでしょ? 知ってるも何も……。末席とはいえ、一応、私だって貴族の端くれだからね?」
少し頬がふくれている。あ、貴族の女性だったら当然、服飾関係のお店のことは知ってるってことか。
ところが、リボタックさんは口をあんぐり開けていた。
「へ? 嬢ちゃん、お貴族様……? いやまさか、でも……なんでお貴族様が、こんな
「なに?
口をパクパクさせるリボタックさんに、イノリアが微笑みかける。
「ふふ、驚かせたならごめんなさい。でも私、貴族っていってもそんなに偉くないから」
そう言って、また指輪を眺め始める。
「だからね、あんまり高いのは身の丈に合わないし、そんなにたくさん買ってあげることもできないけど。でも、いろいろ勉強してくれるなら、リボタック兄弟、
……なんだろう。
穏やかな微笑みだし、言ってることも控えめなんだけど、妙に背筋が寒くなる迫力がある。選択を間違えてはいけない、みたいな。
リボタックさんはしばらくひきつった笑顔で頭を掻いていたが、やがて手で膝を打ち、「よし、分かった!」と、積まれていた箱の最下段から箱を引っ張り出してきた。
「貴族の嬢ちゃん、あんたの度胸、気に入った! この際、儲けは度外視してやる。どうだ、この指輪!」
そう言って出してきたいくつかの指輪。
さらに細かな装飾が入っているだけでなく、自己主張し過ぎず、しかし目立たないわけでもなく宝石がいくつかはめ込まれた、品の良い指輪が並んでいる。
その中の一つに、妙に心惹かれて、その指輪を手に取った。
「おっ、兄ちゃん、お目が高いな。そいつは
「……蛍石?」
「おうよ。日の光とそうでない光では、色が違って見える、不思議な石さ」
そんな不思議な石だったのか。
ただ、精緻な模様と、イノリアの瞳の色に似た、碧がかった青い石が、綺麗に思ったから手に取ったんだけど。
「なるほどね。選ぶ理由がまたそれとは、なかなかニクいね。兄ちゃん、それでいいのかい? いいなら、ここに指輪のサイズのサンプルがあるから、一番しっくりくる奴を選んでもらいな」
「あ、ああ、ありがとう」
いくつかのサンプルを渡されてイノリアのほうを見ると、
──両手で口元を押さえて、耳の先まで真っ赤になって、ふるふると首を振っていた。
「びっくりしたよ、嫌だったのかと思ってさ」
「嫌なわけ、ないじゃない……」
イノリアは、うつむいたまま、俺の方を見ようともしない。
「しかも、いきなり、左の薬指で大きさをはかろうとする?」
「え、違うのか?」
指輪って言うと、左の薬指の根本、というイメージがあるんだが。違ったんだろうか。
「合ってるよ? 合ってる、合ってるけど……何のためらいもなく、そこを選ぶの?」
どういう意味か分からず、あいまいに返事をしてしまう。
すると、イノリアはやっとこちらを見てくれた。横目だけど。
「それって、つまり、私のことを妻にする、って宣言するのと同じことだよ? 私、まだ、あなたから正式なプロポーズも受けてないのに……」
……うん。
なるほどね。
俺、いろいろすっ飛ばしちゃったわけね。
……妻にする宣言。
イノリアを、妻に。
「ああああああああああ……!」
貴族の娘さんだぞ相手は!!
まずはお義父さんとお義母さんに挨拶とか、家族をまず何とかしてからプロポーズだよなこういう時って!
頭を抱えてうめく。
やばい、貴族ってメンツの生き物だって聞いたことあるぞ。メンツのために命を懸ける人種だと。
……やばい!
「お義父さん娘さんをください」
「順序もわきまえぬ無礼者め、なます切りにしてくれる」
こんな台詞がありありと浮かんでくるじゃないか!!
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