第27話:『私の初めて』って、ナニ!?
「%*@#★◎△!!?」
面白い。
気を取り直して、改めてペットボトルの中身を飲んだイノリアは、口に含んだまま、ひどく慌てている。
ルティと合わせて二度目の反応だが、イノリアのほうがパニクっている。
イノリアは、炭酸というものを飲んだことがほとんどなかったみたいだった。さっきのやり取りの中、ふたが開けっぱなしだったから多少は炭酸が抜けていると思ったけど、彼女には強烈な刺激だったらしい。
さっさと飲み込めばいいのに、口の中が、抜けたガスでもうパンパンなんだろう。
今度、できればあの黒髪ストレートロングの冷眼男に飲ませてみたい。どんな顔をするだろうか。
かろうじて飲み下したあと、けほけほと咳き込むイノリア。感想がまた、びっくりだった。
「甘すぎてからい!」
なるほど。ルティは階級的に、甘いものには慣れていた、そしてイノリアは階級的に、甘いものに慣れていなかったと。
しかし「甘すぎて辛い」という表現は斬新だった。炭酸がはじけてピリピリする、ではなく、甘酸っぱい、でもなく、「お~いレモンCC」の味をこのように表現するなんて。シュークリームとかホワイトチョコとかをたっぷり食わせたら、どんな顔をするんだろう。
中身がまだ半分ほど残っていたが、イノリアは、「飲めば飲むほど喉が渇くみたい、もういい」と言って俺に返した。彼女が口をつけたペットボトルを、そのまま俺も口をつけて飲んでみせると、少し恥じらう様子を見せる。でも、それでも嬉しそうに笑い、そして、自分の唇を、すこし、なでていた。
「ねえ、そのびんって、ガラス……じゃないのよね?」
軽くて、柔らかくて、割れたりしなくて、そして透明。
彼女はとても不思議そうに、俺の手の中のペットボトルを見つめる。
聞かれて、返答に困る。素材の名前は中学の技術で習ったが、それをそのまま言っても通じるとは思えない。しかたなく、「秘密」ということしかできなかった。
「本当は知ってるんでしょ?」
「知ってるけど、でも、それが何かは分からなくてさ」
「なあにそれ?」
イノリアは冗談を言っていると思ったのだろう。ころころと笑う。
「じゃあ、イノリアは、ガラスは知ってると思うけど、材料って、知ってる?」
イノリアはきょとんとして、首を傾げた。
「ガラスはガラスじゃないの?」
うん、まあ、予想はしていた。質問した俺自身も知らないけどな。
「ガラスは溶かせばまたガラスの材料になるけど、そのガラスを作る、大元の材料は知ってる?」
「──土の中から、宝石みたいに
「まあね。ガラスが採れる、じゃなくて、ガラスの素材となるものを集めて、それを混ぜ合わせて熱して作るらしいんだ。でも、俺もそのガラスの素材が何なのかは、知らないんだけどさ」
そう言って、改めて空のペットボトルを渡す。
「一応、素材の名はポリエチレンテレフタレート、略して
「ぽ、て……?」
首をかしげて、しかし
「とにかく、とっても珍しい素材でできているってことね?」
ペットボトルをペコペコへこませたり元に戻したりしながら、それだけで納得してくれた。
「……そうか、これって珍しいのか」
言われて、気づく。
そう言えば、珍しいんだよな、間違いなく。
「売ったら、いくらぐらいになりそうかな?」
古道具の露店のおっちゃんは、しばらく手に取って眺めまわしてみせた。
時々目を見開いたりしていたから、高く買ってくれると思ったんだが。
「ガラスの器なぞ珍しくもなんともない。これくらいでどうだ?」
何やら数字を見せられたみたいなんだけど、読めない。
……まあ、ごみなんだし、よく分からないからそれでいいだろう。
と、思ったら。
「ヨシくん、ここは強気だよ? さっき言ったでしょ? これは珍しいものなんだから」
そう耳打ちするイノリア。
……大阪のおばちゃんみたいだ。
……よし。
「そうか、そうか、つまり君は、それっぽっちの値段しかつけられないひとなんだな」
わざとゆっくり言ってみせる。
「なに? まだいるってのか? たかがガラス瓶、それも何の装飾もない空き瓶だ、これ以上は──」
「結構だよ。君の出せる額はもう知っている。そのうえ、今日また、君の鑑定眼の質の高さを見ることができたさ」
国語はやっぱまじめにやっとくべきだぜサンキュー、エーミール。こんなところで煽りに使えるとは!
「このガラスは、硬くない代わりに……」
手に取って、そして──
「あっ──てめえ……!」
放り投げられたペットボトルは、そのまま石畳に落下し──
コーン……
割れることなく、その場にはねて転がる。
拾ってから、真っ青な顔をした店主に、一言。
「──簡単に割れることもない。こんな特別なガラスを、これっぽっちでしか見定められないんだ、あなたと取引する価値なんて──」
そう言って懐にしまってみせる。
「わ、分かった分かった! 二倍──いや、三倍だ! 装飾がないのが残念だが、落としても割れないという点で、上乗せしてやる。これで──」
「俺もあまり無理は言いたくないからな、やはりやめておくことにしよう。邪魔したな」
結局、イノリアによると、最初に提示された額の十倍近い額だったそうだ。
どうせ捨てるはずだったごみがハッタリでいいお金になったと考えれば十分だ。どうせこの露天商人も、何かのツテを使ってさらに上乗せした値段で売るんだろうしな。
「ヨシくんって、意外に悪い人?」
イノリアが、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「なんだよ、珍しいものだからって吊り上げるように言ったのはイノリアだろ?」
「でも、最初の十倍近い値段にまで吊り上げるなんて思わなかったよ?」
この世界でだれも見たことのないものだとしたら、もっと高くも売れただろう。
でも、どうせいくらたくさんお金を持ってたって意味がない。夢だし。
要は、せっかくデートに来たこの市で、ちょっと小腹を満たす程度の買い物ができればそれでいいんだ。
そう言うと、イノリアは意外そうな顔をした。
「ヨシくんって、欲がないんだね?」
「欲はあるよ? ──イノリアと二人の時間を、ずっと楽しみたいっていう欲が」
まっすぐイノリアの目を見て言うと、彼女は目を丸くし、次いで瞬時に真っ赤になってうつむき、足が止まってしまった。
「よ、ヨシくん……ずるいよ。そういうの、面と向かって急に言うの、……反則だよ……?」
腕をぎゅっと引き寄せられる。待って、道の真ん中で立ち止まってそれやられると俺も動けない。
「ヨシくん、いつも急なんだもん……。
こ、このまえも、姫様の庭園で変な場所見つけて……。あ、あれ、……私の、は、初めてだったんだからね?」
……待って?
『私の初めて』って、ナニ!?
聞きたい。
ものすごく聞きたい。
小一時間問い詰めたいくらいに聞きたい。
……俺、イノリアの初めてって、マジでナニしたの?
ルティの話だとキスだった。
でも、イノリアのこの反応……なんか、なんか違う気がしてきてしまうぞ……!?
「い、いま? いま言わなきゃだめ……?
よ、ヨシくん、いじわるしないでって、言ったじゃない……。どうして? どうしてそんな、いじわるを言うの……?」
消え入りそうな声で恥ずかし気にいわれると、余計気になる。
気になるけど……聞いてしまったら、何かが変わってしまう気がして、それ以上聞けずにいたときだった。
「そこの兄ちゃん、嬢ちゃん。あんまり道の真ん中で、二人の世界作ってるんじゃないよー?」
ゲラゲラと笑い声が周りから飛び、イノリアがびくりと肩を震わせる。
声のした方を見ると、なにか、シルバーアクセのようなものを並べている露天に、ちょっとイケイケなおっちゃんがいた。
「兄ちゃん、デート中かい? だったらその自慢の彼女、うちでさらに可愛くしていかないか?」
──なにか、助けられた気がして、そちらの方に足を運ぶ。
「イノリア、アクセサリーみたいだよ? ちょっと見てみよう」
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