第20話:……イノリアのほうが可愛い

 頭を抱える。

 俺、いつの間にそんな。

 イノリアと子供を作るって……俺、健全な男子高校生だよ!? いろいろ想像しちまうじゃねえか!


「ルティ!」


 思わず俺はルティに掴みかかった。

 本当に、本当に俺は、イノリアと、その……関係を結んだのかを確かめなければならない!


「ま、待て! 我はその、そなたの邪魔をするつもりなど無いぞ!

 たまたまだ! たまたまのぞいたときに、そなたらがその……」

「その……って、なんだよ!」

「と、とにかく! 我など気にせずとも、どんどんがいい。

 我に仕えた侍女が幸せになる、それも我の、た、楽しみの──はずなのだからな! は、は、はは、は……!」

「産ませるってなんだよそれマジかッ!」


 俺の方は、イノリアとの思いもよらぬ関係を知ってパニックとなり、頭を抱えてと想像を巡らせて身もだえし。

 オルテンシーナのほうはというと、これまでの威厳はどこへやら、震える声で、ひきつった笑顔で、急に目をそらすと、ぶつぶつと、さらに爆弾を炸裂させる。


「あ……でも、そ、そうすると、我も、マサの子を産むことになるのか……?」


 口元を手で隠し、頬を赤らめて上目遣いで、もじもじし始める。


「まてーっ! まてまてまて、イノリアだけじゃなくて、ルティともって、どういうことだよ!!」

「い、痛い、そんな強く手を掴むでない! だ、だって、我はその、先に、マサと口づけを交わしたではないか!

 ほ、ほら、艶本えほんでもよくみるであろ! ……い、一度きりの過ちで、子を授かる、などという話が……!」


 真っ赤に染まった顔でうつむいて、「マサらにもまだできぬなら、一度くらいなら、できぬのか?」「でも、もしものときは、父上になんと報告を……」などと、うんうんうなっているオルテンシーナ。


「……え?」

 かくんと、顎が落ちる俺。


 それがあんまりにもシラケた顔をしていたと感じたのか、オルテンシーナは急に怒り出す。


「ば、ばば馬鹿にするでないわ! わ、我とて子の成し方くらい心得ておるわ!

 た、たとえ先程のことで、そ、そなたとの、……子ができたとしても、我は、お、王族ぞ! 表の夫と、裏の夫を使い分けることくらい、ぞ、造作もない──」


 盛んにきょろきょろして見せる彼女の頬を、両手で挟む。


「んな、ま、まてマサ……! わ、我とて、こ、こころの準備というものが……」

「……子供のでき方、ほんとに知ってる?」

「だ、だから! 好きうた者同士が体をか……重ねたら、九つの月で、ふくれた腹からぽんとでてくるのであろう!? それくらい知っておるわ!!」

「……ルティは、俺との間で子供ができること、なにしたの?」

「そなた、我を子供扱いしておるな!? く、唇を重ねたではないか! そなたらだって、ここで、何度かしていたのは、知っておるんだぞ! この目で、た、確かめたのだからな!」


 ………………。

 …………。


 はぁぁぁああああぁぁぁああぁぁ……

 ──全力で、長いため息をつく。


「ハイハイ解散かいさーん。おつかれさんでーす」


 馬鹿馬鹿しい、真剣に混乱した俺がバカでした。

 姫様の頬を挟んでいた手を離す。


「な、なんだその、あからさまに呆れ返った反応は! そうも信じられぬなら、先程の口づけでもし子ができておれば、そなたを愛人に指名してくれる! イノリアになんぞ負けんことを証明してくれるわ!」


 最後の言葉に反応し、俺はオルテンシーナの肩をがっちりと掴んでしまった。

 掴んでしまってからまずいと思ったが、とりあえず一言、どうしても言いたいことだけは言う。


「……イノリアのほうが可愛い」

「んなーッ……!?」




 木にもたれかかりながら、俺は木の葉の隙間から見える、赤く染まった空を眺めていた。


「なあ、ルティ」


 濃緑色のドレスは、以前に見たような装飾の多いドレスだが、一つだけ違う点を挙げるとするなら、前見たものよりはよほど装飾が少ない。


「先の発言を取り消して、我のほうが可愛いと言うてくれたら返事をしてやると、何度言わせたら分かる」


 十分返事してるじゃん。

 心の中で突っ込みながら続ける。


「……そのドレス、ひょっとして、ここをのぞくために、そんな……ええと、落ち着いたドレスにしたのか?」

「ふん」


 鼻で笑ってみせる。

 さきほどまであれほどあたふたしていた人物とは思えない。


「何を馬鹿な。そなたらが大体この時間にここで乳繰り合っていることを知っておるからといって、わざわざ潜り込むと思うか?

 アレが子作りでないことは理解したが、二人の逢瀬を邪魔するほど、我は無粋ではないつもりだ」

「……じゃあ、なんであんな所にいたんだ?」


 目で、俺たちが入ってきたところを示す。


「知りたいか? 知りたいなら、イノリア嬢よりも我のほうが可愛いと認めよ。そうしたら答えてやる」

「じゃあいいや。ルティがどこにいたって、興味ないしな」

「まっ──!」


 途端に背筋を伸ばして俺の方をにらみつけてくる。夕方で逆光、顔は暗く見えないが、たぶん。


「マサは、主がどこにいても興味がないというのか! 騎士失格ぞ、名誉を失う言葉ぞ! 取り消せ!」

「さっきも言ったけど、俺、騎士とか名誉とかどうでもいいから」


 これが現実リアルならともかく、夢だからな。

 オルテンシーナは口をパクパクさせ、そして、目を伏せた。


「……マサは、どうして、我の前に現れたのだ?」

「分かりません」

「マサは、名誉が欲しくないのか? 財産が欲しいと思わぬのか?」

「いらない。どうせ俺、異邦人だし」


 この国がどういう国なのか、それすらも分からないのだ。少なくとも、科学や医療が発達した現代日本よりも暮らしやすいとは思えない。

 というか、夢なのだ。夢の国は、日本には千葉に一か所あれば十分だ。


「だから! 騎士になれば、堂々とこの国で暮らせるのだぞ! 近衛であれば、王宮内に個室も与えられるし、胸を張って我に仕えることができるのだぞ?」

「ごめん、俺、そういうの、ホントに全然興味ないから」


 そもそも夢の中で名誉だの財産だの、そんなものあったって、現実リアルでなにか変わるわけでもないからな。倉木に対して、話のネタができるだけで。


「──じゃあ、なぜ、、そなたは王宮に……我の前に現れたのだ!」

「分かりません。多分、なんとなく」

で王宮のバルコニーになど現れるものか! そなたを我の食客しょっかくと偽らねば、そなたはたとえがあっても、結局は王宮への侵入の罪で裁かれておったのだぞ!」


 地味に俺が超人じみていて笑った。なんという設定。って俺、何したんだよ。

 それから王宮のバルコニーに現れた? 壁を伝って入ったりしたのか? 俺すげえな、アサシンクリードかよ。


「……マサ。我はべつに、そなたからイノリア嬢を取り上げようとしているわけではないのだ。 マサが我の近衛になったのに、我を、イノリア嬢より可愛いと、認めてくれぬから……!」


 かすかに震えているのは分かる。相当お怒りなようだ。手を伸ばして頭をぽんぽんしてやると、


「子供扱いをするでない!」


 ぴしゃりと叩き落とされてしまった。


「ああ、分かっておるとも。そなたにとって、イノリア嬢のほうが万倍も可愛いであろうよ。──だが、こうして、我と我の騎士が、二人きりでおるのだ。今この時くらい、言うてくれてもよかろうに……!」


 ……なんか、いろいろ、返事をしにくい愚痴だ。


「……はいはい。可愛いですよ。俺のルティちゃんはイノリアより可愛い。……これでいいか?」


 面倒くさくなって、投げやりに言ってやる。

 どうせ彼女がここにいたことを、これ以上聞いたところで大したことはないだろうし、この話はもう終わりにしよう。


 というより、早く目が覚めてほしい。目よ覚めろ。




「マサ……?

 いま、そなた、『俺のルティちゃん』と、そう、呼んだか?」


 だいぶたってから、オルテンシーナがぽつりと聞いてきた。

 その時には、実はすでに、さっき何を言ったかなど忘れていたが、とりあえず「言った」とだけ返事をする。


「……我は、マサのもの、なのか?」


 彼女が身を起こし、俺に身を寄せる。

 ……やっべ。

 アブなすぎる発言だった。

 リアル王族に向けて言っていい台詞じゃなかった。


「え、ええと──」


 ノリで、と、笑って済ませようとした俺に、彼女は微笑んだ。

 俺の、顔の、すぐ目の前で。


「──嬉しいぞ、マサ。たとえこの庭の、この場だけの言葉であろうと、な」


 そう言って、体をかがめる。


「……ルティ?」

「……これならば、子は、できぬのであろう?」



 ――――――

 艶本(えほん)

 つや~な話の本。オトナのムフフな恋愛の本です。

 一体どこで手に入れたのやら。

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