第18話:変わった姫様だな、ルティは

 オルテンシーナ。

 オルティーナ。


 オルティ。


 ……ルティ。


 ──なんか、可愛くないか? 金髪ドリルにはもったいないくらいの。


「ルティ……」

 しばらく、何度もその言葉を繰り返していたオルテンシーナは、恐る恐ると言った様子で、俺に聞き直した。


「のう、ヨシマサ……。我は、この、ルティという名前の意味は分からんのだが……」


 俺だって知らない、適当に短縮しただけだから。

 もちろん、そんなこと、口が裂けたって言えない。もし由来を聞かれたら……適当にでっちあげるしかないだろう。


「──ヨシマサ。そなたは、その……か、可愛いと、思ってくれるか……?」


 口元で、指を三角に絡め、上目遣いでそう聞いてくる、この可憐な美少女は、本当にさっきまで、俺のことを「尻埋め顔」とか罵倒していた少女と同一人物なのか? 


「可愛い、と、……思う」

「……ほんとうか? ほんとうに、そう思うか……?」

「……少なくとも、俺は」


 自信のない、俺の言葉に、彼女は。


「ふふん、ならばよい! ヨシマサ、褒めて遣わす!」


 途端に偉そうにふんぞり返る。

 一瞬でも彼女のことを、可憐な美少女だと思った俺がバカだった。


 上機嫌になったオルテンシーナは、立ち上がると俺の前に立ち、俺の頭に手のひらを乗せた。


「よし、ではに免じて、『尻埋め顔の騎士』ではなく、『華守はなもりの騎士』を名乗るがよい」

「華守……?」

「我の庭園にて、国華こっかたる我の近衛となるのだ。これ以上ふさわしい名はあるまい?」


 満足そうに笑うと、続いて手のひらで右の肩を打ち、左の肩を打つ。


「誓え、我の騎士となると」


 ……どうせまた、やるまで強要するのだろう。

 正直、面倒くさいが、ごっこ遊びに付き合ってやることにする。


「……国の華たるオルテン──」

「『ルティ』。……最初から」


 すかさず訂正が入る。


「──国の華たるルティ様にこの剣を捧げ、騎士として命を捧げることを誓います」


 こんな感じでいいんだろうか。

 剣なんて持ってないけどな!


 そんな俺のでたらめな誓いに、それでも彼女は満足したらしい。嬉しそうに続ける。


「略式の戦陣叙勲じょくんの形式なれど、これでそなたは我の騎士ぞ。宮廷騎士でなく、我の近衛騎士よ。あとは父上にお願いして、正式に、近衛しての叙勲を受けさせてやる。

 ──マサ、そなたは今日から、改めて我のものぞ」


 なぜか俺を自分のモノ宣言し、あだ名までつけてきた姫様に、俺は目が点になる。


「……は? マサ?」

「騎士ヨシマサは、我に『ルティ』という、可愛らしい名を贈ってくれた。

ならば我も、そなたに名を贈るのが筋であろう?」

「いやそんな義理の応酬いらないから」


 俺は真顔で断ったが、それを一体どう受け止めたのか、彼女は嬉しそうに続けた。


「そう照れるでない。アイノライアーナ嬢がそなたを『ヨシくん』と呼んでいるであろう? ならば、我はそなたのことをこれから『マサ』と呼ぶ。心得よ」


 ──え? 俺のことを「ヨシくん」と呼ぶ、アイノライアーナ嬢?


「間抜け面をさらすでない。もはやそなたは我の近衛騎士。そなたの恥は、そなたを擁する我の恥になる。これまでのように、気楽になどできぬようになるから、覚悟するように」


 うれしそうに微笑むオルテンシーナに、俺は返事ができなかった。


「我の近衛ではあるが、直属であるがゆえに、騎士修練課程の全てをすっぽかして我のもとに参ずることになる。

 まあ、そなたにもいろいろ不安はあろう、それは察してもやれる。ゆえに、いずれ我の考えうる最高の教育係をつけてやる。それまでは無知を笑われても我慢するのだぞ?」


「お、おい待てよ……! そもそも俺は、近衛騎士になんかならねえよ!」


 俺の言葉に、オルテンシーナはきょとんとした。


「なぜだ?」

「なぜって……。そんなの、俺は剣の使い方なんて知らないし──」

「学べばよい」

「──ぶっちゃけ、弱い!」

「ほかの近衛が強い。一人くらい弱くても問題なかろ?」

「話し相手くらいにしかならないほど弱いんだぞ!」

「それこそ我の望んでおるところよ。自らの立ち位置をよう分かっておるではないか。褒めて遣わす」

「……この国に住んでるわけでもないし──」

「今ここにおるではないか」

「──ええと……、得体のしれない異邦人だ!」

「他国より流れてきてこの国をつい棲家すみかとする者など、ごまんとおる。問題ない」

「──俺はスケベだから、姫様の貞操の危機が!」

「これまでにそなたを原因とする我の貞操の危機など、一度たりともありはせんかった。アイノライアーナ嬢とも、それはそれは初々しい関係を築いていると聞いておる。

 そなたの誠実さは十分に知っておるぞ? ゆえに、これからもなかろう」

「これから危ないんだよ!」

「つまり、そなたは我をめとって国を統べる気があるということだな? 実績を積まぬうちに想いに応えてやるわけにはいかぬが、その気概を持ってくれるとは嬉しいことだ。励むがよいぞ」

「い、いますぐにでもスケベなことをするからな!?」

「何を今さら。やはり称号は『尻埋め顔』にするとしよう、明日にでも似顔付きで公布せねば」

「イヤやめてホントお願い」


 ──調子が狂う。


 この夢の前の夢──イノリアとラインヴァルトとのお茶会の夢もなかなか胸が痛いものだったが、その直後にこれかよ。ひょっとして、夢の世界線が狂ったのか?

 最初の夢のことを思い出すと、あの姫様とこんなやり取りをすることになるとは、思わなかった。


「……変わった姫様だな、ルティは」

「なんとでもいうがよい。始終、着けたくもない仮面をかぶっておると、こういう馬鹿なやりとりをする時間が恋しくてたまらぬのだ」


 ──仮面?


 あれか? ペルソナってやつか?

 王族の姫君として、周囲の期待に応えなきゃならないプレッシャーに耐えるための人格ってことか?

 お姫様はお姫様なりに、神経をすり減らすことがあるということか。




「マサ。ここは、いいところだな?」


 唐突に言われ、何がいいのかわからず、問い返す。


「愚か者め。ではないか、ここは。周りを見よ」


 言われて見回すと、俺の背丈をやや超えるくらいの生け垣が、ぐるりと五角形状に、自分たちを囲んでいる。

 その厚みは、俺が入ってくるときに苦労した通り、二メートルくらいはありそうだ。

 そして宮殿のある方角のすみのほうに、これまた見事な枝ぶりの木が生えている。クリスマスツリーに使われそうな木だ。ただ、この見事な枝ぶりの木のおかげで、残念ながら日の光があまり入ってきそうにない。

 まあ、もともと夕方前だった時間帯で、今はもう、薄暗くなってきている。大して変わらないか。


「よくもまあ、こんなところを見つけたものよ。いろいろな意味で、ここは目が届かぬ。羽を伸ばすのにも、人に会うのももってこいだ」

「そうかもな」


 生返事をしてから、今さらながら、俺はそばに放り出していたペットボトルの存在を思い出した。

 夢の中に持ち込んでしまったペットボトル。「お~いレモンCC」の、黄色い包装。

 ──夢の中でも、味を感じることはできるのだろうか。


「ん? なんだそれは」


 こちらをのぞき込んできたオルテンシーナに、ボトルを見せると、栓を開ける。

 プシュ、と音がして、レモンのいい香りが漂ってきた。


「……いい香りだな。香水か?」

 それには答えず、ボトルをくわえると、一気にあおる。

 レモン風味の微炭酸が、一気に喉を駆け抜ける。

 冷たくはないが、炭酸の爽快感はたまらない。

 

「飲むか?」


 半分ほど飲んでから突き出し、倉木に言うように言ってしまったと気づき、硬直する。


 ひっこめようとすると、その前にオルテンシーナはボトルを両手で、俺の手ごと包むように持ち、俺の顔と、ペットボトルの口を何度も見比べた。


「わ、我に、これを、飲めと……?」


 恐る恐ると言った様子で、首をかしげるようにしながら聞いてくる。


「あ、……悪い、べつに嫌いならいいんだ。炭酸って、苦手な人もいるっていうのは知ってるし……」

「いや、……その、好き嫌いではないのだ、その……うん」


 じっと、ペットボトルの口を凝視しながら。


「そなたの、口を、つけた……これを? 我も……?」


 しまった!

 男友達だと全然気にしないことだけど、そうか、そうだよな!

 俺は慌ててポケットをまさぐるが、あいにくハンカチもティッシュもない。ていうか、そんなもの、学校へ行くとき以外は持ち歩かない。

 仕方なく、シャツの端でふこうとすると、オルテンシーナは「あ……」と、残念そうな声を上げた。


 その反応に、さらに気づく。

 汗のしみ込んだシャツでふく? 飲み口を?

 ──なんの嫌がらせだ?


「あ……、ええと、ごめん」

「……何に対する謝罪なのか分からぬが、よい。許す」


 彼女はそう言って、改めてペットボトルを持ち直すと、「そなたが勧めてくれた飲み物だからな」とそのまま、俺のようにくわえ……

 ようとして、固まる。


 じっと飲み口を見つめ、苦しいのか喜んでいるのか判断に苦しむ、謎の顔芸を披露し──

 ちらちらと俺を見ながら、「ええい、ままよ」と口をつける。

 つけて、俺を上目遣いで見て、そして、一気にあおって──


「★◎△%@#*!!?」


 やっぱりな。

 炭酸が喉を焼いたか。

 微炭酸と言っても、慣れてない人が炭酸を飲むと、ああなるよな。

 そう思いながら、それでも吐き出さずに飲み込んだことは驚いた。

 そこらへんの気合は、さすが王族。無様を晒すようなマネは、死んでもやらないってことか。

 ずいぶん変わった姫様だけど、そのプライドを守ろうとする気の強さには感心する。


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