第14話:二人の組み合わせ、俺はお似合いだと

 ──え?

 いつもの唐突な夢のはじまりだったが、俺は耳を疑った。彼女の言葉の、その意味が分からなかった。


「……いま、なんて言ったんだ?」

「だから……、もう、こうやって二人きりで逢うの、やめようって、そう言ってるの」


 ──だから、その意味が、分からない。


「二人きりで、逢うのを……やめる?」


 頭の中がハテナマークで埋め尽くされる。

 言っている言葉は分かる、だが言っている意味が理解できない。


「……だって! その、……ヨシくんは……あなたは、異邦人の賓客ひんきゃくで近衛騎士。私は、この国の、宮廷貴族のひとり。

 ──ちがうもの、その……身分が。二人きりだと、周りの人を、変に誤解させるから……」


 しまいには、言いづらそうに、うつむきながら。


 ──ああ、なるほど。

 ま、そりゃそうだ。異邦人……少なくとも、ここが二十一世紀の日本じゃないということくらい、俺も分かってる。

 宮廷貴族ってのがどれくらい偉いのかは知らないが、俺の方は間違いなく、ただのよそ者で、庶民だからな。


 それにしても、ドレスで着飾った彼女はこんなにも綺麗なのか。

 以前に見た彼女は、修道女みたいな飾り気も何もないロングドレスだった。

 今は、キンキラキンといった派手さはないけれど、深い青と清潔感のある白い胸元のコントラストが美しい。着物のように大きく開いた袖口からこぼれるレースの透け感が、とても綺麗だった。


 肩を覆うように羽織っている布──ショールというのだろうか。こちらも青だけれど、すごく薄いのか、彼女の肩──肌が透けて見える。

 胴回りはやっぱり貴族の服っぽくてけっこう絞られてて、その分、その……胸の強調が、すごい。今まで見たことのある彼女とは思えない盛り具合というか──。


 ただ、総じて、以前に見た王女様のサロンに集う女たちのドレスについていた、リボンとかごてごてした飾り布みたいなものがあまりない、シンプルな意匠。でも、要所要所できらりと光るのは、なんだろう、ビーズなのだろうか。いいアクセントになっている。


 派手さはあまり無いかもしれない。

 でもそれがかえって、気取らない、飾らない彼女の性格を表しているようで、すがすがしい。色合いも、装飾の度合いも、すごく俺好みなのがまた、狙いすましたというか。


「き、綺麗って、いまさらそんなこと言ったって……! このドレスだって、あなたが……」


 目をそらす彼女が、なんだか可愛い。こんな綺麗で可愛い子が彼女だったら、すげえ自慢できただろうなあと、残念に思う。


「でも、そのドレスを着てるイノリア、ほんとに綺麗だ」


 俺は正直に感想を言ったつもりだったが、彼女は両手の掌を口元に充ててうつむき、顔を真っ赤にする。まあ、どうせ貴族なんだ。お世辞なんて舞踏会とかで耳タコなんだろうし、こうやって「嬉しい」アピールをするのも、貴族的なパフォーマンスなのかもしれない。


 ──ん? どうだろう?

 貴族の女の、こういうときの受け流し方って、俺的には金髪縦ロールが小指を立てた手の甲を口元に当て「あぁら、やっとわたくしの魅力に気づきまして?」とか言ってオォーッホッホッホ、とかやりそうなイメージなんだが。


 でも、こういう表情をされるとすごく可愛らしく感じてしまう。


「……イノリアって、普段、ほんとはそういう服なんだな。すごく綺麗で可愛い。もう俺と会わないつもりなら、最後にその恰好を見れてよかった」


 馬の上のラインヴァルトの腕に抱かれていた、あの、どこを見るともなかった虚ろな目の彼女が、俺の最後の記憶だ。こんなに素敵な子が、あんな悲劇に遭う。

 なんとかしたい。何かいい案は。

 ──だが、もう、ゴールは決まっているんだ……。


 俺の言葉を受けて、彼女が、はっとしたように顔を上げる。


「……違う……」


 すがるような目、だった。


「違うよ……? ──ヨシくん、どうして、そんなこと言うの?」

「え? だって、俺、そういう本物のドレスを間近に見ることなんてなくて──」

「私が! 私が普段、こんな素敵なドレス、着てないってこと、知ってるじゃない!

 どうしてそんなこと言うの? それに、もうって、どういうこと? ……どうして!?」


 ──意味が分からない。

 貴族なんだから、そんなドレスを普段から着ているんじゃないのか?

 もう会わないというのは、そっちから言い出したことじゃないのか?


「私が、二人きりで逢うのをやめようって言ったから? 私、そんな──」


 彼女が取り乱して何かを言いかけたときだった。


「イノリア嬢! ここにいたのか! ……ああ、ヨシマサくんもいるんだね」


 ──ラインヴァルトだった。



「この茶葉は、リィプミルヒェの沿岸の茶畑で取れたものだ。こういうものは、やはり素敵な女性と飲むに限る」


 その言葉を聞いて、イノリアが絶句する。


「……どうしたの?」

「……ええと、私も飲んだことないんだけど、リィプミルヒェっていったら、西のフロァンシャ地方の、有名なお茶の産地よ? そこで採れるお茶はものすっごい高級品で、王族か大諸侯だいしょこうしか手に入らないって……」

「マジで……!?」


 ひそひそやっている俺たちに、ラインヴァルトが朗らかに笑う。


「いやあ、なんだかんだ言ってもただのお茶っだからね。うちに転がってたのを持ってきただけだよ」


 ナイヤンディールが、なんというか一分の隙もないといった様子で、てきぱき、かつ丁寧に紅茶を入れていく。

 サラサラの黒髪は、後ろで品よく束ねられていて、一見すると巫女さんか何かに見える。今さらだけど、彼の背中を初めてまじまじと見た気がする。


 ──しかしラインヴァルトのやつ、「ものすっごい高級品」てやつを、家に転がってたって。

 あれか? 俺が作ったハッピーエンド案の、『実は王族』のアイデア、あれが反映されたってことなんだろうか。


 それにしても、どうしてイノリアは、ラインヴァルトに対して微妙に隙間を作ろうとするのだろう。

 どちらかというと、さりげなく俺の後ろに入りたがっているように見える。


 やっぱりあれか、彼女はあまり身分の高くない宮廷貴族っていうし、気後れしているのかもしれない。

 ──じゃあ、そんな男にこんなに普通に接してる俺って何者っていう話だな。


 それにしても、避けることはないだろう。こんな金髪碧眼のイケメン、しかも金持ちっぽい──俺内での王族説がホントなら間違いない──ヤツと結婚出来たら、間違いなく幸せになれるだろうに。てか、あれだろ? ゲームとかでも絶対、最高ランクの攻略対象じゃないだろうか。


 そこまで考えて、前の夢を思い出す。

 おそらく、彼女は、そうなるのだ。あんな地獄から、あんなふうに救われたら、彼女はどう考えたってそっちに転ぶだろう。


 ──そしてさらに思い出す。

 残酷な結末を。


 ああ、彼女は、もう、一般的な幸せを得ることはできないのだと。


 あそこまで……バラ疹が顔を覆うまでに広がっても、治療されていないのだ。

 この世界では、梅毒を克服できていない──おそらくペニシリンのような抗生物質が存在しない、というか発見されていないのだろう。


 つまり、三十年後には全身が醜くゴム腫に覆われ、鼻や指などの体の一部が腐り落ち、下手したら神経を冒され発狂して死ぬのだ。


 ──そうなる前に、自ら命を絶つのかも……。


 いや、違った。そうなる前に、おそらく化け物になった俺に掴み上げられ、そしてそんな俺を倒そうとした、投石機の岩によって死ぬのだ。


「……ねえ、どうしたの? そんな怖い顔をして……」


 イノリアの声に、ハッとする。


「あ……いや、ごめん。ちょっと、考え事してて……」


 何とかごまかそうとする俺に、ラインヴァルトが口の端を曲げて笑った。


「なんだ、せっかくのデートを邪魔した私に怒っているのかと思ったよ」

「でっ……!?」


 飲み込みかけていたお茶に、思いきりむせる。


 イノリアが慌てて背中をさすり、そしてハンカチを渡してきた。

 とりあえず、鼻に入った紅茶をこっそりすすりながら、ありがたくハンカチで口元を拭く。


「ラインヴァルト、やめてくださらない? そういう言い方。私、そういう言い方をされる殿方のこと、好きになれないの」


 凛とした表情がカッコいい。

 そういえば、一度だけしか見ていないが、あのサロンの女たちのような持って回った言い方と違って、イノリアはずいぶんストレートにモノを言うんだ、と、改めて感じる。


「大体、今日、このお茶会だって私は断っ──」

「あのさ、俺は──」


 まだむせながら、俺は思いついた案を口にした。


「むしろラインヴァルトとイノリア、この二人の組み合わせ、俺はお似合いだと思ってるよ?」

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