第13話:時には正面からじゃなくて、横からぶち破れ

 寝るのが怖い──こんな感覚は初めてだ。

 俺が寝るたびに、彼女が追い詰められていくような気がする。課題も全く手がつかない。

 そのくせ、夢の記録を残さねばならない、そんな気がして、必死に細部まで思い出して記録する。


 あの、見せつけられた、陰惨な場面を。


 どこに、どんな奴がいたか。

 絵は苦手でも、棒人間なら、どこに、どんな奴がいたかは、描ける。


 ──こいつは、顔にでかいこぶが──

 ──こいつとこいつは、全身にバラ疹が──

 ──たぶんこいつらはゴム腫で──


 とにかく覚えていることを全て書き上げてから、あらためて夢日記ログを読み直してみると、恐るべき事実が浮かび上がってくる。


「こいつら……ほとんど全員、梅毒だ」


 もちろん、ググって出てきた写真を見ながら、外見の特徴だけで決めつけているので、本当にそうなのかは分からない。別の病気だった奴もいるかもしれない。

 だが、とにかく彼女に暴行を働いた男たち十人余り、そのほとんどに、梅毒の特徴が表れていた。

 これだけの人数で、何日も、そしてあの不潔な環境で、体を洗うこともできぬままに暴行され続けていれば。


「……つまり、あいつらは」


 考えたくもないが、これは陰謀だ。

 ただの誘拐事件じゃない。

 イノリアに病気を感染させるために集められたのだ。


 単純に彼女の命を奪うためなら、こんなことはせずにさっさと毒殺なり暗殺なりすればいいだろう。

 また、単に失脚させるためだけなら、こんなことはしないだろう。

 万が一口が割れたら、最悪の場合、依頼主の破滅か、そうでなくとも名誉に傷がつくというのに、わざわざ、あんなことをやったのだ。


 イノリアへの個人的な恨み、もしくはイノリアの家に恨みがある奴が計画したに違いない。あのクソ豚ども、なんとか一人でも生かして捕えることができていたら。


 ──いや、そもそも男をあつめた奴が、依頼主の下請けの下請けの──そんな状況だったら、真の黒幕までたどり着かないかもしれない。


 うまく依頼元が割れたとしても。

 彼女の家では、どうすることもできない、身分の高い貴族だったりしたら。


「……くそっ!」


 イノリアの家を訪ねたとき、彼女は、外に出るのを怖がっていた。

 精神的に追い詰めることには成功している。

 純潔を奪われたうえに、さらに梅毒にも感染した。彼女はもう、政略結婚の道具としては使えない。


 ──つまり、彼女にはもう、貴族としての価値はなく、女としての価値もない。

 それは彼女の家名をも傷つけることになる。


 でも、傷つき、しかもその傷を抱えて生きていかなければならない彼女が、一番の被害者ではないだろうか。

 今回の事件の狙い、それは、彼女を不名誉をなすり付けることで、晒し者にする──生きたまま、ことが目的なのだろう。



「ひっでぇこと、しやがって……!!」


 一体、どこのどいつだ。怒りがわいてくる。

 ──しかし。

 そんなもの、分かるわけがない。


「まただ……まただよ俺──」


 結局は、俺の夢でしかないのだ。

 しかも、全然、俺の意に従ってくれない夢。


 まるで、テーマパークのアトラクションのようだ。

 たとえ光線銃をもって、最高の撃墜記録をたたき出したとしても、俺を乗せたカートは決められた順路を決められたとおりに動き、そして決められたゴールにたどり着く。


 道中の成績がいかに良くても悪くても、結果は変わらないのだ。

 何をしようとしても、変わらないのだ。


 ──俺は、なんで、こんな夢を見てるんだ……




 なんというバチさばき。

 というか、なぜあの過密スケジュールをすべて叩いて満点をたたき出せるのだ。


『よ。どうせまた夢見て一人ウジウジしてんじゃねえの?』という一本の電話で、俺は外に出て、そして、倉木とゲーセンにいる。


「ええと……ダリウス……?」

「バッカおめーダラバーだよダライアスバーストアナザークロニクルEX! 横シューの古典にして新約! もう古くてオフラインプレーしかねえけどやるか?」

「……いや、いい」


「あれ、これゲーセンにもあるの?」

「ぷよぷよeスポーツな! 俺コイツの大会に出たことあるぞ!」

「マジか」


「ああ、これは知ってる。太鼓叩くやつ」

「まかせろ俺の両腕が火を噴くぜ!」


 というわけで、もう延々、奴が一人でやっている。

 俺も後ろにたたずむギャラリーの一人になって。

 人間じゃない、コイツ。

 なにこの一秒間に何連射、という勢いの連打。

 一曲終わるたびに拍手が沸き起こる。




「ほらよ」

「おうサンキュ!」


 コーラを渡すと、額の汗をぬぐってから、倉木はうまそうにあおった。


「ヨッシーもやればいいのに」

「お前のプレー見てたらとてもやる気になれん」


 バチを手に取ったあと、軽く降ってみてから、またもどす。


「あのさ、例の夢のことだけど」

「なんだよ急に。……まさか、ヤッちゃったとかじゃねえだろうな! おいお義父とうさん! 俺にくれるって約束は!」

「ぐ、げ……ぐる、じ……って、誰もお前にやるなんて言ってねえよ!!」


 かけられたヘッドロックを、体をひねって逃れてやり返す。


「な゛に゛を゛……イ゛ノ゛リ゛ア゛ぢゃんわ゛、……俺の嫁ッ……!!」

「だれ゛が……ぐれ゛でや゛る゛が……よっ!」




「……マジか。ないわー、お前のドSっぷりには引くわー」


 昨日の夢の内容をかいつまんで話す。

 聞いているのかいないのか、倉木はクレーンゲームに百円玉をざらざらとぶち込んでいた。


「うるせえよ。俺だってこの夢見始めてからこんなことになるなんて、思ってもみなかったよ」

「いや、お前の夢だろ。それってつまりお前の願望だろ。ないわー。マジでないわー」


 棒読み口調で「ないわー」「引くわー」と言いつつ、ゲームを続けている。

 先ほどのバチさばきを見せた人間が、嘘のように失敗を重ねる。


「ダメだなー。やっぱこういうのは技術じゃなくていくら投入したかだからなー」

「金掛けて練習しなきゃダメってことか?」

「いや? ほら、二本爪タイプじゃなくて、こういうアームのタイプはさ、いくらか入れたら、アームのパワーが上がって取れるときが来るの。それまでは取れねえ仕組み」

「なんだよそれ、詐欺じゃねえか」

「気づかなきゃ詐欺じゃねえってことだよ。ま、ゲームだしな」


 さすが小遣いを全額、キャラの衣装違いガチャに突っ込むおとこだ、懐が広い。

 取れないと分かっていて金を突っ込むなんて、俺にはとてもできない。


「あのさ」


 これが最後、と言いながら、再び三百円を投入する倉木。


「お前、夢をコントロールできるって言ってたじゃん?」

「結局、できてねえけどな」

「どうせ、今夜も夢、見ちゃうんだろ?」

「たぶん、な。……だから、怖い。また、あの子を不幸にするんじゃないかって」


 ピロピロピロ……アームが下りていく。


「怖いっつったって……。寝ないわけにはいかねえし、結局、人間、先のことなんてわかんねえんだし……よしっ!」


 手のひらを目いっぱい開いたぐらいの大きさの、不細工な黒いクマのぬいぐるみが、かろうじて引っかかるように引き上げられてゆく。


「無理にさ、ハッピーエンドを求めなくていいんじゃね? お前、自分で言ってたじゃん。ゴールはもう、決まっちゃってるんだってさ」


 ゆっくりシュート部分まで移動していくクレーンが、不自然にガタンと揺れる。


「あーっ! おい、いまのなんだよ!」


 俺は、思わず叫んでしまった。せっかく持ち上がったはずのぬいぐるみが、その振動によって無情にも落ちてしまったことに不条理を感じて。


「だから言ったろ? んだって。

 そう簡単には取れねえになってんだよ。まあ遊びなんだから、笑って済ませるしかねえって……って、おおっ!?」


 落ちたぬいぐるみはほかのぬいぐるみに当たって跳ね、シュート部分の縁に引っかかる。


 にんまりとした倉木が、「やってみろよ」と、代わってくれた。


 残り一回プレーできる。

 その一回で、うまくつかめるかどうか、ということか。


「それ、うまいことつかんで取れたらイノリアちゃんは俺の嫁確定な?」

「ざけんな。死んでもやらねえ」

「おい! 娘を不幸にする気ですかお義父とうさん!」

「黙って死ね」


 クレーンがぬいぐるみの真上に来たところで、アームが下りてゆく。


「……あー、惜しいな。ずれてるぞ?」

「マジで? あー……ほんとだ……やっぱこういうのダメだなー、俺」


 微妙に位置のずれたアームは、ぬいぐるみを押しのけるようにぬいぐるみの海にめり込む。


「やっぱ俺には無理だ。こういう微妙な操作ってのは、単純な陸上部員には向いてねえよ」

「……いや、待て! ヨッシー、見ろ!」


 倉木が落としたぬいぐるみを押しのけるようにしてめり込んでいたクレーンが、あがってゆく。

 その、クレーンの出っ張りに押し出されるように、ぬいぐるみが動き──


「──や、やった!!」


 持ち上げられていったクレーンの端にやや引きずられるようにして動かされたぬいぐるみは、そのままシュートの中に転がり落ちていく。


「マジかよ……、ヨッシー、マジでやりやがった!」


 ごろりと出てきた、真っ黒で不細工なクマのぬいぐるみ。

 手のひらを広げたぐらいの大きさの、赤丸の頬をして半開きの口をした間抜け面が、ユーモラスで愛嬌を感じさせるキャラクターだ。

 ──まあ、嫌いじゃない。


「おい、こういうのは簡単には取れないようになってんじゃなかったのか?」

「お前のビギナーズラックってやつだよ! こういうの見ると、マジで金つぎ込んでるやつがバカみてえだな」


 倉木が、ぬいぐるみを押し付けてくる。


「ヨッシー、お前がとったんだからお前のだ」


 せっかくの戦利品だからもってけ、と。


だよ。結果は決まってる……だけど、それを今みたいに、時には正面からじゃなくて、強引に横からブチ破るってのも、面白くね?」

「……『時には正面からじゃなくて、横からぶち破れ』……か。お前、カッコいいこと言ったつもりでも、手ぶらできたからいちいち持って帰るのがめんどくせえんだって、バレバレだからな?」

「あ、分かる?」

「てめ、ふざけんな」




「……ありがとな」


 自転車をこぎながら、俺は、もう姿の見えない倉木に向かってつぶやいた。

 前籠の中には、今日取った、不細工だが愛嬌のある、黒クマのぬいぐるみが入っている。

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