第9話:俺の書いたハッピーへのシナリオは
「あんなことって、俺に、何をした──」
自分の声に驚いて起きる。
時計を見ると、時刻はあとすこしで午前一時になるところを指していた。
夕飯までの仮眠のつもりだったのに。母さん、起こしてくれなかったのか?
そう思って、冷蔵庫で冷やしてあるお茶を飲むためにダイニングに来ると、一人分の食事が、ラップに包まれていた。
『何度か起こしても起きなかったので、置いておきます。チンして食べてください。
P.S ずいぶんうなされていたので、悩みがあるなら母さんに話してね』
──そうか、俺、うなされていたのか。
レンジで遅い夕飯を温めている間、夢の内容をメモしていく。ただ、よほど長い夢を見たのか、なかなかうまく思い出せない。
「ええと──たしかラインヴァルトたちは、妙に突っかかる感じだったな。イヤミったらしいというか──」
なにか、大事なことを言っていたような気がするが。
イノリアは、やっぱり貴族だったようだ。だけど、金持ちといった感じではなかったみたいだな。貴族と言っても、貧乏貴族なのかもしれない。
──でも、たしか執事みたいなやつがいた。トラバーだっけ。名前が短くて助かる。ニアン──ええと、本名、何だっけ? やたら長い名前が多いよな、夢だからか? イノリアも、本名は長ったらしかったよな。メモもできてないから覚えてないけど。
──そうだ、イノリア。
あれは、ショックだった。
二晩がかりで乱暴って、つまり、
彼女は人のことが怖くなって外に出られないって言っていたし、間違いないだろう。
……なんかの漫画のエピソードで、男と密会していた女が結婚詐欺にあって、結局女は修道院に行くことになった、という話があったな。
男が悪いはずなのに、人生を狂わされるのは女。胸糞悪い話だ。
──ということは、彼女はこれから、尼僧院に一生閉じ込められる生活になるのか。
……病気はどうなったんだろう? そういえば、全く気が付かなかった。ということは、もう、治ったのだろうか。
──せっかく病気が治ったのに、一生を幽閉生活だなんて。
彼女が、そんな過酷な目にあったなど、できれば夢であってほしいと願ってしまう。
彼女には頬をひっぱたかれたけれど、でも、決して俺を嫌っているようには見えなかった。
俺に悪意を持っている奴ならともかく、そうでないなら、そんなひどい結末になどなってほしくない。
そこまで考えて、俺はハッとした。
なんで俺は、ここまで夢に対して、受け身になりつつ真剣に向き合っているんだろう。
内容も暗く、悲劇的になりつつあるのが面白くない。
これは夢だ。たかが夢なのだ。自分で見たいようにコントロールできるのが明晰夢のいいところのはず。
だったら、いっそ、楽しい大団円に向かうシナリオを作って、それをしっかりイメージしながら寝れば、ハッピーエンドにできるかもしれないじゃないか。
まずは気になるイノリアの病気。これは、たまたまやってきた行商人の薬がばっちり効いて、後遺症もなく完璧に治る。
イノリアに乱暴したクズ野郎は──でっぷり太った悪徳商人。ほかにもいろいろ余罪があって、こいつに泣かされた人々の訴えで、財産全部没収の上に、苦しんで死ぬように火あぶりの刑だ。
そして、すべての人の苦しみは、没収された財産をつかって救済され、イノリアの名誉も回復されることにすればいい。
でもって、病気が治ったイノリアの美しさを見て、実は身分を隠した王子だったラインヴァルトが態度を改め、彼女を擁護。
悪徳商人を処刑することで、名誉を回復できたイノリアと晴れて結婚だ。
王様もお妃様も、彼女に罪はないという王子の言葉に納得し、盛大な結婚式が行われ、めでたしめでたし、と。
よし。これで完璧。誰が見てもイノリアおめでとうになれる、大逆転ハッピーエンド。
我ながら「全米が泣いた」レベルのエンディングになった。しっかり読み直して、この通りに夢を見てやろう。
──そして、自分の目の前には冷めきった夕食と、電子レンジの中に、だいぶ冷めてしまったおかずがあることに気が付いた。
「で? いい
昼休み、後者の中庭で、倉木と飯を食いながら、俺はため息をついた。
「全然」
「ま、そーだろうな」
即答する倉木の頭をはたく。
「なにしやがるてめえ!」
「うるせー、ひとの苦労も知らずに!」
「そんな不自然な展開、うまくいかなくて当たりめーだろ!」
「不自然って、どこがだよ」
倉木は、俺のハッピーエンドプランが書かれたメモ用紙をひらひらさせた。
「だってよー、お前のハッピーエンド案、むちゃくちゃだし、当たり前を通り越して退屈過ぎてつまらねーんだもん」
黙って水筒で殴る。
「ってーッ! てめっ、金属までレベル上げて物理で殴るのは反則だろっ!」
「うるせーよ。俺の『全米が泣いた』な大逆転ハッピーエンドを退屈とかつまらんとか言うからだ」
「あ! てめ、俺のコーラ飲むんじゃねえよ! だいたいなにが『全米』だ! 『全俺が泣いた』レベルがせいぜいだろうが!」
「ざけんな、さっき俺のナゲット食ったくせに! ──だったら、お前ならどうするんだよ!」
俺の言葉に、急に姿勢を正して真面目な顔になる倉木。
「イノリアちゃんて綺麗で可愛いんだろ? だったら俺の嫁になって旅に出るエンド」
素早くスリッパを手にして
「俺の夢だぞ、なんでヒロインをお前なんかにくれてやらなきゃならないんだ!」
そんな俺の胸ぐらをつかみギョロ目でにらみ上げる倉木。
「じゃあ、お
「胸倉掴みながら、脅してんだかお願いしてんだかわからねえこと言うんじゃねえよ!」
「……で、結局のところ、どんな夢だったんだ?」
「ああ……俺の書いたハッピーへのシナリオは、完全に無視されてた」
「そっかー。夢をコントロールするってのは、難しいんだな。で、どんな夢だったんだよ?」
「そう──アイノライアーナは今日も体調が悪いのですね」
オルテンシーナ様が不機嫌なのは、イノリアが今日も体調を理由に休んでいるからだ。
「それで、ヨシマサ。いつになったらアイノライアーナは出仕するのですか」
「ええと……いつになるかは……」
サロンに呼びつけられ、女性ばかりがいるこの部屋に、地味なマントに地味なローブを着た俺が、なぜか立っている。
最初、彼女──王女オルテンシーナの顔を見たとき、そりゃあもう、心臓が止まるかと思った。
生気のない虚ろなまなざしで、どう見ても彼女も乱暴されたあと、しかも投石機かなにかで飛んできた岩だかなんだかで致命傷を負った姿――
この一連の夢が始まった、そのワンシーン。
忘れたくても忘れられない、強烈すぎるあの映像。あの映像のもととなった彼女が、目の前のカウチソファーに座っていて、俺を詰問し始めたのだから。
蜂蜜色の優雅な縦ロール、金と銀、そしてちりばめられた宝石の輝くティアラ。
深く落ち着いた赤を基調とした、これでもかとレースやらフリルやらをあふれさせつつ、それでも品よくまとめられた豪奢なドレス。
ああ、これが王族ってやつね、と一目で納得できる、歩く贅沢。そいつが今、目の前にいて、俺に対してなぜイノリアがいないのか、いつ出仕するのかを問うている。
「縦ロール! お前の王族のイメージ金髪縦ロール!! ねーよ今どきそんなキャラ!」
「うるせーよ、俺の夢にいちいちケチつけんな爆笑すんな!」
「え、ええと、──俺は、あ、いえ! 私は、詳しいことは聞いていらっしゃいませんので──」
自分でも敬語がめっちゃくちゃだという自覚がある。
案の定、隣に控えている女性が、ただでさえ険しい表情をより一層険しくした。
「この無礼者! それが姫に対する態度、言葉遣いですか!」
慌てて視線を合わせないようにして「すいません!」と背筋を伸ばす。
「よい。この者の無礼など、身分を与えたときから十分理解している。流しなさい」
隣の女は憎々しげに軽く一礼したが、目がキッツイのは変わらない。
「うわ来たよツンキャラ! あれか? 逆三角眼鏡をくいっとやりながらしゃべる委員長タイプ? それともこっちを見下す目で『息をしないでくださる? 豚』とか罵る悪役令嬢タイプ!?」
「知らねーよ黙って聞けって」
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