第7話:これは、俺が、悪いのか?

「イノリアは最初、俺を避けようとしていた。

 ワインはまだ届いていない。いずれ届くだろうと言ったら、喜んでいた。

 病気が治ってきているらしく、ずいぶん綺麗になったと言ったのに、ショックを受けたようだ。

 ものすごく悲しそうな顔をして微笑んだ」


 ……何か足りないと思い、付け足す。


「『もう顔にまで』」


 ……もう、顔にまで。

 変だ。

 なぜ、ショックの受け方が、「もう顔」なのだろう。

 もう、顔にはほとんどない、のはずなのに。


 ……俺は、なにか、思い違いをしている?




「……お前さ、ヤバくね?」


 昼休み、中庭にある腐りかけのベンチで焼きそばパンをかじる倉木に言われた。


「なにが」


 俺は中庭の縁石の上に座って、苦労してゲットした卵サンドを牛乳で流し込みながら。


「自覚ねえのかよ。ほら、お前、最近夢の話ばっかしてんじゃん」

「お前が聞くからだろ」

「だからって、なんで毎日、そんな同じ世界の夢ばっか見るんだ?」


 俺よりヤベえよ、と倉木に言われるのなら、確かにヤバいのかもしれない。


「そりゃ、内容をメモして、どんな夢だったかしっかり思い出してから寝るからだろ?」

「いや、それで内容が被るならまだ分かるんだよ。毎回毎回、続きみたいな夢見るんだろ? それ一種の才能じゃね? ヤバイってそれ。夢使ってシナリオライターできるレベル」


 ──ヤバイって、そっちか。

 確かに、ヤバイかもしれな。すげぇって意味での。


「ほんとうらやましいよな。俺の嫁なんかポスター貼って枕の下に印刷したの敷いてフィギュア隣においてボイス集聞きながら寝てんのに、夢に出てきてくれねえんだよ……!」


 ……嫁ってなんだよ。せめて一人に絞れよ。そんなだから出てきてくれねえんだよきっと。


「でもさ、ログ? 取り始めて、なんか変わったか?」

「夢の中で名前を呼ぶことができた」


 俺の返事に、ぽかんとする倉木。


「……そんだけ?」

「そんだけ」

「なんかこう、その……夢の世界がだんだん起きてるときも見えてくるようになるとか、そんなのない?」

「それじゃホラーじゃん」


 あれだ。ついでに画面からずるりと出てきたら完璧だな。


「いやだからさあ、そんな夢のない話じゃなくて、夢の世界と現実の世界が重なってきて、でもってある日突然落雷とともに女の子が……みたいな!」

「落雷かよ。やけに具体的だな、そういうゲームでもあったのか?」

「『愛が止められないッ!』って漫画知らねえのかよ! 異世界と現実を雷がリンクさせた古典的ラブコメだぞ! ラブコメの巨匠・赤松さとるが描いた やつ!」

「知らねえよ」


 一人で勝手に盛り上がっている。

 でもまあ、こういうやつだから、俺のバカバカしい夢の話に、ここまで付き合ってくれているんだ。俺一人だったら、もっと深刻に悩んでいたかもしれない。基本いいヤツなんだよな。


「……あ、でも、昨日、ついに電車を乗り過ごした」

「え? お前、今まで絶対に駅の直前で起きてたのに?」

「寝ながら考えまくってるから、もしかしたらその影響かもな」


 俺は軽く言ったつもりだったが、倉木の反応は、予想とはちょっと違っていた。

 なにか、すごく考え込むような様子を見せると、彼は一言、ぽつりとつぶやいた。


「……それって、マズくね?」

「そうだなー、確かにまずいかもしれないってのは分かる。朝起きても、なんか疲れが取れてないっていうか」

「違う、そうじゃないって」


 倉木は、妙に真剣な目で、言った。


「……お前、夢に、引っ張られてねえ?」


 夢に、引っ張られる?


「怖いこと言うなって。お前いつからホラー語り屋になったんだよ」

「そういう意味じゃねえよ。夢の世界に引っ張られ過ぎてて、リアルよりそっちにハマってね? ゲーム依存症みたいなやつになってねぇ? って話」


 ──あ、そっち。

 あれ? 実は倉木って、案外まともなヤツだったのか?

 ……いやいや、それこそ、倉木に言われるとショックだ。二次元に行きたいって常々言ってるヤツに言われるとは。


 しかし、そんな倉木から見ても、俺はハマり過ぎに見えるんだろうか。

 ──倉木に言われるなら末期症状と思わなきゃいけないかもな。今夜は、思いっきり別のことを考えて寝よう。




「彼女が宮廷に出てこなくなって、もう十日以上になるね」


 いつもいつも心臓に悪い。なんでこの夢シリーズは、始まり方がこんな唐突なんだ。

 あの金髪イケメン──ええと、ラインヴァルトといったっけ。


「ご家族の方は体調がすぐれないから、と言っていたが、まあ、十中八九、が原因だろうから、彼女はもう、出てこれないのかもしれないね? いずれは尼僧院かな?」


 ──なんだろう。

 前、夢に出て来た時とはちがう、まるで俺を挑発するような、見下すような眼で見られている感覚がある。

 隣に控えているヤツ──ええと、なんだっけか。そう、ニアン!


「私は、ニアンと呼ばれる覚えはない」


 ……あれ? 前はぶっきらぼうだけどワインを届けてくれるとか言っていたのに。なんか、俺、間違えたか?


「フン……。君が人の従者を愛称で呼ぶなんて、そんななれなれしい真似をするとは思わなかったよ。

 ──たとえ従者であり、待遇は君より下ではあっても、私の従者なのだ。敬意を払って、ナイヤンディールと呼んでくれないか? それくらいの最低限のマナーも守れないのか、君は」


 ──なんだ、この感覚。

 前はあんなに気さくだったのに、やたらと挑発的というか、厭味ったらしいというか。

 確かに、別に仲がいいわけでもない相手をニックネームで呼ぶのは、マナー違反だったのかもしれないが……、そんなに、俺が、悪いのか?


「大方、何があったのか、詮索されることを恐れているのだろうが……どうやら彼女は、自分の想い人が、そういったことから守ってくれそうにないと判断しているようだね。

 ──実に君は、彼女から信用んだね?」


 身長差がある、ただそれだけでは説明がつかない、その見下した目。悪意しか感じられない、口の端をゆがめるような微笑み。


 信用──この言葉の意味、字面通りじゃない。

 俺が、イノリアを、確実にだと、と、言いたいのだ。

 強烈な皮肉。


 ラインヴァルト、何があったんだ?

 あんた、実はそういうやつだったのか?

 それとも、前の夢でイノリアを泣かせた俺を、責めているのか?

 ──これは、俺が、悪いのか?

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