第6話:俺は、何を、間違えた?

「気さくな金髪イケメンのラインヴァルトから、女性でも飲みやすいシェダインフェールダーというワインをもらった。

 俺は未成年で飲めないから、ナイヤンディールという従者に、イノリアに送ってもらう──と」


 今回は新しい人物だったが、女の子の名前が分かってひとまずほっとする。

 女の子──イノリアでイライラしていたら、気さくなイケメンが夢に現れたのだろうか。やっぱり夢というのは、自分でコントロールできるらしい。これは面白い発見だった。


 あとは……シェダインフェールダーか。

 ……ちょっとかっこいいかもしれない。

 たぶん、ワインの産地として有名な土地か何かの名前として登場したのだろう。自分にこんな語彙があるとは。一体何語を元にして、俺の脳みそはこんな単語をひねり出したのだろうか。

 ボールペンクーゲルシュライバーに通じるみたいな。

 ……倉木に、だいぶ汚染されてんな、俺。


 倉木と言えば、あれだな。

 今回の、あの金髪碧眼のイケメンと黒髪ロングの冷徹な目の従者の組み合わせ。いかにもゲーム的というか、アニメ的というか。ありがちな組み合わせだった。

 あれも、どこかで見たことがあったのだろうか。倉木の推薦アニメの中に、そんなキャラでもいたのかもしれない。覚えていないが。


 それにしても、明晰夢をコントロールできるようになると、好きなアイドルを夢に登場させていろいろできる、なんていうことを書いていたサイトもあったが、どうやら嘘でもなさそうだ。倉木に教えたら、「嫁」と称するキャラたちを追いかけて、夢の世界から帰ってこなくなるかもしれない。




 倉木推薦の小説は、読んでいて疲れるが、不思議な引力を感じる。読んでいて爽快感みたいなものが全然感じられないのは、内容が重いからだろう。なのに、続きが気になる。


 ヒロインは主人公と異なる種族のため、子供は非常にできにくいらしい。いっそできない設定にしてばんばんヤりまくれるようにして、エロ小説にでも転向すればいいのに。エロ全開の作品なら、半端な作品でもそれなりに読者もつくんじゃないのか? 中途半端な設定だ。


 それにしても、この、胸の痛む中傷はなんなのか。

 出来損ないとか子供産めるマウントとか。ヒロインの内心は書かれていなくても、仕草が丁寧に書かれているから、ひどく傷ついているのが伝わってくる。

 特に「石女」、という言葉に傷ついたらしい。


 ──石女。


 気になって調べてみると、うまずめ、と読むらしかった。

 石女うまずめとは産まず、(子を産まないために)石のように役に立たない女、という意味のようだ。ひどい差別語があったものだ。ヒロインは、たまたま好きになった相手との子供はできにくい、というだけなのに。


 そんな差別、悪口にも、困ったような笑顔でかわすヒロイン。決してやり返したりせず、黙って耐えている。

 確かに健気で、守ってやらないといけないような気になる。なるほど、倉木が入れ込むのも、無理ないのかもしれない。守ってやりたくなるヒロインっていうのは、少年漫画の王道だしな。……最近は、女子が強い作品も多いけどさ。


 ──ていうか、いまじゃそればっかりか?

 もしそうだとするなら、この小説は、もしかしたら倉木のハマるツボに見事にハマった、ということなんだろう。

 刺さる奴には刺さる、そんな作品ということなのかもしれないな。


 ……俺は、こういういじめに対して傷つきながらヘラヘラしてるのは、見ていてイライラしてくる。

 嫌なら嫌だといえば、収まるかもしれないのに。




 そこは、石柱の立ち並ぶ廊下だった。

 中庭に面した廊下なのか、四角く切り取られたような庭を、ぐるりと囲む廊下になっている。

 中庭は綺麗に刈り込まれた木々と、たぶんバラか何かだと思う植物が花をつけていた。


 そして、、俺を見るなり、うつむき、立ち止まり、……そして、逃げ出そうとした。


「イノリア!」


 さっそく、覚えたての名前で呼んでみる。

 効果はバッチリだった。


 名を呼ばれた彼女は、振り返り、立ち止まり──

 しかしうつむき、肩を震わせた。


「……ヨシくん……どうして、ここに……?」


 どうしてもへったくれもない。

 気が付いたらここにいた、文句はこんな舞台を設定した俺の脳みそへどうぞ。


「誰が……教えたの?」

「分からない。ただ、ここにいた」

「なに、それ……」


 しばらく、肩を震わせていた彼女は、ため息とともに、がっくりと肩を落とした。


「お父様には、誰にも言わないでって、あれほど言ったのに……」

「誰にも聞いていないぞ」

「……まさか、あなた、自分でここを探し当てたの?」

「さあね」


 嘘は言っていない。気が付いたらここにいたのだから。


「──ヨシくん……。そうやって、いっつも、あなたは……」


 何か俺を避けようとしていたようだったが、俺がここにいるのを見て観念したようだった。

 日の当たる中庭のベンチを指さす。


「そこで、話さない?」




 気持ちのいい庭だった。四角な空は青く、太陽の柔らかな日差しが心地良い。

 俺の座るベンチの右手には、四角い回廊の向こうに、何やら高い、青い三角の屋根の塔が見える。

 実におしゃれな場所だ。


「──どうして、私がここにいるって、分かったの?」

「いや、分からなかった」

「じゃあ、どうしてここへ?」

「さあな」


 本当に分からないのだから仕方がない。

 だが、彼女はそれを、俺のは違う意味に受け取ったみたいだった。


「……ほんとうに、いつもいつも、そうやってはぐらかすんだから……」


 再びため息をつく。

 ──前回と違って、怒っているようなそぶりは感じられない。

 なるほど、これが贈り物の効果というやつか。


「ワインはどうだった?」

「……ワイン?」


 いぶかしげに俺を見る。

 あれ? 俺、何か間違えたか?

 あの黒髪ロング男、届けるって言ってたはず。

 

「ええと、まだ届いてないのか?」

「……あなたからの贈り物? 珍しいわね、それも、ワインだなんて」


 なるほど。

 この夢の設定では、俺は贈り物を滅多にしない人間なんだな。

 ……まあ、実際問題、女子に贈り物なんて、ほとんどしたことないからな。

 小学校の頃、初恋の女子に、バレンタインの返礼としてクッキーとハンカチを贈ったことがあるくらいか。

 中学進学で、自動的に解消されてしまった恋だった。


「まだなら、まあ、楽しみにしておいてくれよ」

「はいはい。期待しないで待ってる」


 期待しない、というわりには、ものすごくうれしそうな笑顔を見せた。

 ……素直に、綺麗で、可愛いと思う。


 ……綺麗?


「──ほとんど治ったんじゃないか?」


 そうなのだ。

 彼女の赤い湿疹みたいなもの、それが、もうほとんど顔にはないのである。腕はロングドレスの袖、手は手袋をしているので分からないが、少なくとも顔の、あの赤い湿疹のようなものは、だいぶ消えていた。


 しかし、俺の言葉に、彼女は怪訝そうな顔をした。


「……治った?」

「ほら、その、赤い湿疹みたいなもの。ほとんどなくなってる。

 ええと、その……綺麗になってる。すごく」


 夢の中でとはいえ、こうやってカッコつけたセリフを言うのは、なんとも恥ずかしい。結局、キザっぽい言葉を内心浮かべたものの、言うことはできなかった。その代わりに、不器用なセリフ。

 せっかく夢でシミュレーションできるんだから、もっとカッコいいことを言えばよかったのに!


 しかし、彼女は。


 大きく、目を見開いて。

 その、きらきらした、みどりがかった空色の瞳に、大粒の涙を浮かべて。


「顔……顔まで、広がってきたの……?」

「……え?」

「うそ……、ヨシくん、嘘って……うそって言って……!!」


 どういうことだ?

 確実に、あの赤い湿疹は、少なくなっている。

 間違いない。


「いや……本当だ、ずいぶんよ?」


「────!?」


 その時の表情は、

 あまりにも、

 胸が痛くなるものだった。


 信じられない、

 信じたくない、

 そんなものを、

 見てしまった、


 そんな、悲痛な、顔。


「ヨシ、くん……。

 や、やっぱり、私のこと……」


 どうして。

 どうして、そんな顔をする?

 どうしてそんな、悲痛に、


 ……微笑む?


 俺は、

 何を、


「私のこと──きらいに、なっ、て……」


 ……間違えた?

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