第3話:君は、いったい、誰なんだよ。

 家までの道のり、今期のアニメはどうの、あの小説が今度アニメ化するらしいだの、倉木は自転車を引きずりながら延々としゃべり続ける。


 寝覚めの悪い歴史の授業中に見た夢のあと、しばらく現実と夢がごっちゃごちゃになって、頭の中は乱れっぱなしだった。だから、くだらない話でも一生懸命話しかけてくれる倉木の存在は、今は結構、ありがたかった。


「あ、ほら、見ろよ。『あのス薔薇バラシイ世界をもう一度』、二度目の映画化だぜ!」

「……そうか。今度は一人で見て来いよ」

「冷てぇこと言うなよ! 『妖精戦記』、面白かったろ!? すでに二期も決定済みなんだぜ?」

「鉄と硝煙の香り漂うリアリスト妖精なんて、どこに需要があるんだよ」

「俺を含めた全国百万人のファン!」

「……あーそー」


 映画のポスターをどうにかして持って帰れないかと立ち止まる倉木の襟首をひっつかみ、歩く。駅まで歩いて十分足らず。それが、俺の高校の利点だ。


「……なあ、疲れてんな、お前」

「やっと気づいたか」

「やっぱ、あの夢ってやつが、精神的にキてるってことか?」

「……まあな」

「そんな時にはこれ! コレコレ!」


 そう言って、倉木はスマホの画面を見せる。


 青い字で、『ヨミカキ』。


 ……また布教活動か、コイツは。


「お前な……」

「これ、最近見つけた奴なんだって! アニメにも漫画にもなってねえし、おもしれえかっていうとちょっと違うんだけど、もう、ヒロインが可愛いんだよ!」


 小説は読まないといったのに。

 疲れてるときに、スマホの画面で活字なんか読んでられるかっての。

 だいたい、文字だけしかないのに可愛いもクソもないだろう。


「いや、マジで読んでみろって! それで、このなかなか報われないヒロインがついにエッチするトコの感想プリーズ!」

「……結局エロかよ」

「あーっ、そう言うなって! この前の『アナザディメンジョンズ・ダンジョンズの後宮で』とはまた違った良さなんだって! マジでこう、気持ちの表現っていうか、そういうのが濃いんだよ!

 あっさり読めるかってーと全然そんなことなくて、読んでると疲れてくるかもだけど、俺もうヒロインに惚れた!」


 ……おい。疲れてるからそういうのは読みたくないって言ってんのに、さらに疲れさせる気かよ。


「わかったわかった。タイトルは?」

「お、読む気になったか! さすがは心の友!」


 方向性はズレてるけど、一応、心配をしてくれているのは分かる。それ自体は、うれしい。




「……母さん?」


 家には誰もいなかった。テーブルには、夕飯は冷蔵庫にあるからチンして食べるようにと書いてある。

 ……また今夜も遅くなるってことか。

 さっさと食べてしまうことにする。




 課題だけとりあえず片付けて、ごろりとベッドに横になる。いつもならここで仮眠だ。飯の時間に起きて、飯を食って、そして受験勉強。つまらないが、やるしかないルーティン。

『ヨシくん──』

 唐突に、場面がよみがえってくる。


「……冗談じゃねえぞ」


 仕方なく、倉木が教えてくれた小説でも読んで、時間をつぶすことにする。




 ──読んでいて、イライラしてきた。


「なんだコイツ、ヒロインがベタベタに惚れてるの、丸わかりじゃねえか。なんでこう、わけわかんねえ言い訳してんだ」


 こんな、自信のない主人公が右往左往するような話は好きじゃない。俺だって彼女がいるわけじゃないけど、目の前の人間の気持ちくらい、見れば分かるだろうに。

 スマホをベッドに投げ捨て、改めて寝転がる。


 バカバカしい。主人公もイライラするけど、自分の気持ちがはっきりしてるのに主人公に合わせてグズグズしているヒロインにもイライラする。


 こんなキャラがいいなんて、倉木はアレだ、きっとこの右往左往する主人公が自分に似ていて、それに合わせてくれるヒロインの存在がよさそうに見えたんだろう。

 こんな、待つだけのくせに捕まえたら離さない、みたいな地雷女なんて死んでもイヤだ。

 



「──ヨシくんは、どうして、私に声をかけてくれたの?」


 栗色の髪の女の子が、すぐ、隣にいる。


「……え?」


 ……え?

 突然、なんだ?

 なんなんだ? またあの夢──!?


 石畳の上、満天の星空──背後では噴水が水を吹き出し、ためられた水をぐるりと囲む石のふちに、俺は座っていた。隣に座っているのは、あの、栗色の髪の女の子。


 噴水の背後には大きな階段があり、その向こうには大きな屋敷、その窓からはきらびやかな光があふれ、暗闇にいる俺たちを照らしている。パーティか何かを、しているのだろうか。


 じゃあ、俺たちはなぜここに?

 参加者の一人?

 それとも、参加者の帰りを待つ付き人のような扱い?

 ……それにしては、噴水に腰掛け、実にラフな態度でいる。


 俺も彼女も、少なくともそれなりにリラックスした態度だったようだ。彼女は笑顔だし、俺も、普通にすわっていることができている。


「ヨシくん? ──ねえ、ヨシくんったら」

「あ……、ああ。……なに?」


 女子に話しかけられるのは慣れていない。

 なんか、何を話していいか分からないからだ。


「もう。……私の話、聞いてなかったの?」


 頬を膨らませている。コイツ、何歳だ? 仕草がちょっと子供っぽい感じだ。背は……俺と同じくらいか、俺よりちょっと低いくらい……だろうか。

 俺の身長が百七十三センチだから、女子の割にはかなり高いはずだ。なんかちょっと、癪に障る。


「ほら、みんなもう、私に話しかけてくれないじゃない? どうして、ヨシくんは、私を誘ってくれたのかなあ……って」


 話しかけて、くれない?

 コイツ、いじめでも受けてるのか?

 それを、俺が、誘い出したってこと?

 俺、この直前に、何してたんだ?

 夢ってのは突然すぎて設定が分からん、なんかヒントはないんだろうか……?


「ほら、私ってもう、……コレ、じゃない?」


 彼女が、自分の顔を、手を、示しながら、困ったように、──笑う。

 例の、赤い湿疹のようなものが広がる、その肌。


 ただ……彼女の顔も、あの、前の夢──社会の時間に見た夢のときよりも、赤い湿疹みたいなものは、多くない気がする。

 顔、手、腕──密度も前より明らかに低いし、首筋には、ない。


 一体この赤い湿疹はなんなのだろう。ニキビというか、アトピーっぽくも見えるが、違う気もする。

 なんだろう、保健体育の時に見せられた気がする。なんだったか──

 ただ、それがどうしたというのだろう。


「……みんなね、もう、感染うつるからって、近づかないから」


「感染る……って、それが?」


 ──ヤバい設定を聞いた。

 夢の中とはいえ、感染症持ちの奴のそばになんて、俺だって近寄りたくない。

 一瞬、身を引きかけた俺の動きを、察知したのだろう。

 うつむいてしまった。


「そう……だね。それにもう、治らない」


 そう言って顔を上げ、力なく、微笑む。

 治らない? 前の夢より、明らかに狭まってるのに?


「これがバレて、お仕事も結局、解任されちゃったし。そんな、もう何の未来も残されてない私を、どうして、誘ってくれたのかな……って、気になっちゃうから。

 だから、あなたの答えが、聞きたくて」


 未来が残されていない……


 ……ちょっと待てよ。

 いや、そりゃその笑顔、本心の笑顔じゃないって、それは見れば分かるよ?

 でも、なんで笑顔なんだ?

 そんな深刻なことを、なんで笑顔で、俺に言えるんだ?


 それに、言ってることが矛盾してないか?

 なんかよく分かんないけど、その湿疹が病気の症状なら、明らかに狭まっている。

 つまり治ってきてるってことじゃないのか?

 だったら、ええと、仕事を首になるっておかしくないか? だって、治ってきてるんだから。

 病気でしばらくは休まなきゃならないのかもしれないけど、でも……!


「……ヨシくん、慰めてくれなくていいよ? そういうの、嬉しいけど、辛いんだ。

 だって、こうやってじわじわ広がってきてるの、ヨシくんだって知ってるじゃない。手の裏、足の裏からこうやって広がってきて、顔にまでできた。もうすぐ、全身を覆いつくすから。

 ──そうしたら、さすがのヨシくんももう、会いたくなくなる……かも、ね?」


 手の裏、足の裏から広がる、赤い湿疹……


 なんだ、

 どこかで聞いたことがある……

 保健の授業でもやったことがある、気がする?


「ふふ、──誘ってくれた理由、ヨシくん自身も、よく分かってないの? それとも、やっぱり、同情?」


 ……結局、答えられなかった。

 そんなの、もう少し時間をずらして夢に出て来いよ。

 せめてその、俺というキャラが誘う時間から。


「……今日はね、嬉しかった。

 ほんとうに、うれしかった。

 舞踏会の会場には入れなかったけれど、あなたが誘ってくれたから。

 ……ほんとに……、ほんとに……」


 どうして、そんな、

 顔をくしゃくしゃにするんだ。


「……ごめんね…………」


 やめてくれ、泣くなよ。

 そういうのいいから。

 俺、そういうとき、どうすればいいか分からないから。


「……だめ、だよ。

 感染るよ……うつっちゃうよ……?」


 ……ああもう、くそったれ。

 どうせ、これは夢なんだ。

 夢なんだったら、すこしでも、かっこよくしたいじゃないか。

 こんなこと、リアルでやったことないが、夢の中ならどうせ関係ない。

 ぽろぽろと涙をこぼす彼女の肩を、そっと抱き寄せる。


「ヨシ……くん」


 彼女はしばらくためらっていた。

 だが、おずおずと腕を伸ばし、やがて、両腕を、俺の腰に回す。


「……なん、で……

 なんで、わたし──」


 嗚咽交じりに、俺の胸で、彼女は、つぶやき続けた。


 なぜ。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう、と。

 どこで私は、まちがえたのだろう、と。




 そんなの、俺が知りたいよ。

 訳が分からないのは、こっちだよ。

 なんで君は、そんなに、泣くんだよ。


 ……君は、いったい、誰なんだよ。


――――――――――

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