幕之内一歩と医龍に出会った話

 先の交通事故の件、過失割合の話し合いまでが完了しある程度落ち着いた(申し訳程度の近況報告)


 さて、題名の件。

 実のところこれを書く予定は今回に関しては無かったのだが、職場でたまたまこの話をするに至ったので折角だからとこちらでも書く。


 時を遡ること10余年。私は都内の大学に大変な苦心をして書き上げた論文を学生課の受付に提出という形で叩きつけ、他に用も無かったので、帰宅するべく電車に乗り込んだ。

 それから二駅程電車が進んだ頃に、小学生3人組が乗車した。良く言えば非常に元気の良いお子様たちであった。特に一番年長と思しき児童が大変喧しくて元気が有り余っている様子。

 その賑やかなお子様達に対して周囲の大人達は特に注意する様な事もなく、かくいう私は(何か面白そうな子供たちが乗ってきたな……どれ、少し実況でもするか)と言った具合に彼らの挙動及び言動をSNSで逐次実況報告する事にした。


 さて、3人組の年長らしき児童は、恐らく読んだ漫画のキャラになりきるタイプらしく、その小さい体には幕之内一歩の精神が憑依している様子だった(幕之内一歩とは、漫画『はじめの一歩』の主人公の事である)。

 彼は一緒にいた彼の弟と思われる児童が持っていた紙袋をサンドバッグに見立ててパンチを暫く繰り出していたが、当然紙袋程度の強度では子供のパンチであろうとも耐え切れずいともあっさり破れてしまった。

 紙袋には何やら中身が入っていたようで、当然ながら紙袋の持ち主は「どうするの!?」みたいな感じになっていた。


 危うし幕之内一歩。しかし、彼は声高に宣言する。


「俺は医龍だ!!」


「は?」である。君は幕之内一歩では無かったのか。

 そんな私の困惑を他所に幕之内医龍は「これより紙袋のオペを始める!」とか宣言している。オイオイオイ勝手に話を進めるんじゃないよ情報過多だよ君ィ。


 しかも、幕之内医龍は紙袋をリペアするだけの道具らしきものを何一つ持ち合わせていない様なのである。何分十年以上前の事なので記憶が曖昧だが手で紙袋をコネコネしていた様な気がする。当然患者(紙袋)は治る(直る)兆しを見せなかった。


 紙袋を何か弄りながら「俺は工具(恐らく医療器具を指しているのだろう)の扱いに長けているんだ!」とか、「俺は絶対コイツ(紙袋)を見捨てたりしない!」みたいな激熱名台詞が飛び出しているが、紙袋は一向に直りそうにない。私も流石に何か役に立ちそうな道具(テープとか)を持っていたら「坊主、これを使いな…」とか言って差し出した所であろうが、普段からテープみたいなツールを持ち歩くような事はしていなかったので私には最早見ている事しか出来なかった(なお、SNSには逐次実況報告をしていた)。


 やがて、彼らが降りる駅が近付いて来たらしく幕之内医龍の弟らしき児童が「お兄ちゃんもう着くよどうしよう!?」と言っていたが、当の幕之内医龍は駅に着くや否や「手術完了!行くぞ!」と宣言し、結局治らなかった紙袋を持って電車を降りて行った。


 あれから10年以上経って今、改めてその話を思い返すと彼らはもう成人している頃だろうと言う事に気が付いた。そう言えば当時20代前半だった私ももうすっかりおじさんになっている。

 成長した彼らが、医者かボクサーになってこの日本の未来を背負って立つ存在になっているだろうか等と勝手な事を思う今日此頃である。

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