第56話 愛莉の母
「ここなの……」
愛莉に案内されたのは、古い団地だった。エレベーターはなく階段を上って三階の部屋に案内されると、中からテレビの音が聞こえてくる。
「ただいま~」
愛莉が声をかけると、テレビの音が聞こえている部屋から「あれ~、今日は帰ってきたの?」と女性の声がした。
声の感じから綾乃と同じくらいに感じる。
「ここに座って。今、お茶を入れるから」
部屋の作りは2DKになっており、玄関に入ってすぐに小さなテーブルがあった。愛莉に言われテーブルに着く。
「愛莉~、お腹空いた~、何か作って~」
そう言いながら、襖が開き、中からスケスケのキャミソール姿の若い女性が出てきた。
「わ!」
「わ!」
女性と僕で、同時に驚きの声をあげる。
「スミマセン、スミマセン」僕はあわてて背を向け、顔を手で隠す。
「あ~、ビックリした。愛莉、オトコを連れ込んでるなら、言ってくれりゃ良いのに」
「今日は休みなの?」
「うん、二日行って一日休み。愛莉、最近家に帰ってないからワタシのスケジュール知らないでしょ」
女性は、キャミソール姿のままテーブルに着いたみたいだった。
「愛莉、冷蔵庫からビール持ってきて」
「自分で取りなよ」
「ちぇっ、ケチ」
冷蔵庫をゴソゴソと物色する音が聞こえたかと思うと、トントンとテーブルに何かを置く音がした。
「ねえ、君。いつまでそうしてるつもり?」
「は、はい、でも、その……」
「愛莉の貧乳を何時も見てるんでしょ? 女の裸なんて慣れてるんじゃないの?」
「貧乳は余計よ」愛莉もテーブルに着く。
「圭、恥ずかしがらなくて良いよ。この人、いつもこんな格好してるんだから。わたしの母さん」
「ええーー! 母さん? お姉さんかと思った」
「お、少年。嬉しいこと言ってくれるね 笑」
「母さん、真に受けないで。圭はお世辞がうまいのよ」
「なんだ、お世辞か。喜んで損した 笑」
ケタケタと笑う愛莉の母は、どう見ても二十代後半にしか見えない。愛莉の姉と言われれば、誰もが信じるだろうと思った。
目元が愛莉とそっくりで、少しキツメだが綺麗な顔立ちをしている。髪が長い事を除いては、愛莉をそのまま年を取らせたような容姿だった。
「圭って言うのか、まあ、飲みなよ」とビールの缶を僕に差し出す。
「圭はお酒が弱いのよ」
そう言うと、愛莉はビールの缶を取り上げ、冷蔵庫に戻した。
「愛莉が飲めば良いじゃない、どうしたの?」
愛莉の母は、ビールのプルタブを開けると、グビグビと喉を鳴らした。
「今日は飲みたくない」ブスッとした表情で愛莉は言った。
「あ……の、まだ自己紹介が済んでないので……
僕、森岡圭と言います。愛莉さんと同じ大学二年生で、長谷田大学に通ってます」
恋人の家族に自己紹介するなんて、もちろん、僕にとっては初めての経験だ。緊張で心臓が爆発しそうになった。
「あ、愛莉さんと、お、お、お付き合いさせていた、いただいております」
僕が挨拶すると、愛莉の母は『ブーーー』と噴き出した。
「圭、そんなにかしこまらなくて良いよ、もっと楽にして」
「う、うん」
何か変だったのだろうかと、僕は少し意気消沈してしまう。
「あはは、ゴメンね。そんなかしこまって挨拶されたのなんて久しくないからさ、笑ってゴメン」
愛莉と同じで、目がきつい分、笑うと可愛い。
「ワタシは愛莉の母で、
愛美は、愛莉と違って気さくな感じだった。さすが客仕事をしているだけはあると感心する。
「で、愛莉。いつも外泊してるのに、なんで今日は家に帰ってきたの?」
「別に良いじゃない、わたしの家でもあるんだし」
「カレシを紹介しに帰った、訳じゃないでしょ」
「あ、お母さん。愛莉さんは今日、具合悪くなって」
「お母さんだなんて、堅苦しい、愛美で良いよ」
「別に病気になったわけじゃないよ」
そう言うと愛莉は、ドラッグストアで買った紙袋をテーブルの上で開けた。
中には板チョコレートでも入ってそうな薄い箱が入っていた。
「愛莉、アンタ、まさか……」
「愛莉、それって何なの?」
僕と、愛美が視線を愛莉へ向ける。
「生理が来ないの……」
「へっ?」
愛莉は、口角を歪めるような笑いを見せたかと思うと、ポツリと言った。
「わたし、多分、妊娠してる」
「愛莉、アンタ……」
愛莉が、妊娠……。
これからどうなるのだろう……。めまいがした。
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