第57話 幸せの定義

「とりあえず、検査薬を使ってみるよ」


愛莉は、白いスティックを持ってトイレへと消えた。


僕は、愛美と二人取り残されたのだが、何とも気まずい。愛美にしてみれば、娘を孕ませてしまった男を目の前にしているのだ。文句も言いたくなるだろう。


「まさか、母娘、二代にわたって同じことになるとはね……」


「す、すみません……」


「謝るような事じゃないさ。アンタだけのせいじゃないし」


たしか、愛美は高校に入学したての時に妊娠が分かって、そのまま愛莉を出産。一人で愛莉を育てたと聞いている。


「あの、僕、責任取りますから、その……、大学もちゃんと卒業させます。ちゃんと愛莉と結婚して、愛莉も子供も、絶対に幸せにします」




「勝手に盛り上がらないでよ」


いつの間にか愛莉が戻ってきていた。手には先ほどの白いスティックを持っている。


「愛莉、どうだったの?」


「やっぱり、反応してる。妊娠してるみたい」


「愛莉、ゴメン。でも僕は、ちゃんと愛莉も子供も面倒見るから」


「だから、勝手に盛り上がらないで」愛莉の目が冷たかった。


「圭の子じゃないよ」


「え? どういう事?」


「だって、圭はちゃんと避妊してたじゃない」


たしかに、僕はいつもコンドームを使用していたし、妊娠の可能性は限りなくゼロに近い。じゃあ……?



「アイツの子だよ」


「だって、元カレとは一か月以上も前に別れたじゃない」


愛莉が、あの後も元カレと会っていたとは思えなかった。


「アイツと別れた日……、わたし、むりやり犯されたの」


あの日、たしかに愛莉の服装は乱れていた、それに顔や身体に殴られた痕もあった。でも、まさか、避妊しないでしたという事か?


「しかも、避妊しないで……。殴られて、抵抗できなかったの……」


僕は、愛莉の元カレに激しい怒りを覚えた。やはりあの時、警察に突き出して置けば良かったと後悔する。



「愛莉……、堕ろしな」


黙って聞いていた愛美が冷たく言い放った。



「あ、愛美さん、そんな!」


「アンタは黙ってろ!」


愛美にピシャリと言われ、僕はひるんでしまう。


「いいかい、アイツって、あいつのことだよね、愛莉。何度も言ってるが、あいつはダメだよ」


「知ってる……」


「それに、アンタ、ワタシをこの年で『おばあちゃん』にするつもり?」


「心配してるのは、そこ? 笑」


「あいつが、責任とってくれるわけない、一人で子供産んで育てるつもり? それに、せっかく大学まで入ったのに」


「母さんだって、そうしたじゃない。母さんこそ、どうして、わたしを産もうと思ったわけ? 父さんだって大概のクズじゃない」


「お前の父さんがクズなのは否定しない」と言って愛美はプイと顔を横にする。


「母さんがもし安易な道を選んでたら、わたしはここに居なかった。

わたしも、この命を大切にしたい」


母娘の会話に僕は入り込む余地もなく、黙っているしかなかった、でも、僕にもできることがある気がした。


「あの……、凄く唐突なのは分かっているんですけど……」


「なに?」

「なに?」


愛莉と愛美が不機嫌な声をあげて僕を見る。二人とも目が冷たい。



「愛莉、結婚しよう! 子供は二人で育てよう。大学も、保育所に預けられるようになったら、復学して卒業すれば良い」


「はあ?」

「はあ?」


またも二人がハモる。


「バカな事言わないで、圭の子供でもないのに、なんで圭が責任とるのよ」


「でも、愛莉の子供だ!」


「アンタ、子育てを舐めてるでしょ。アンタが思ってるほど甘いもんじゃないよ。 ましてや他人の子供を」


「確かに、僕は子育てなんて経験ないし、まだ学生です。でも愛莉を幸せにしたいんです」


「だってさ、愛莉、アンタはどう思うの?」


愛美は、ヤレヤレと言った表情でため息をついた。


「わたしの幸せって、何?」


愛莉の幸せ……、僕は軽々しく口にしたが、そもそも人の幸せがどんなものなのか考えたこともない。


「それは……、分からない。でも、なんとなくだけど、愛莉が喜んでくれて、安らげて、健康で、安心できて、そんな生活ができるように頑張るよ」


「圭が、そうやって、わたしのために頑張ることが、わたしの不幸せになるって思ってないのね」


「へ?」


「あ~~あ、聞いてられない」


そう言うと、愛美は缶ビールを一気に飲み干した。


「ワタシはテレビ観てるから、アンタらで話し合いな。

あ、愛莉。産むんだったら……、まあ、覚悟はあるんだろうけど、その子は何があってもアンタが守るんだよ」


「うん、分かってる」


「あ、圭ちゃん。今日は遅いから家に泊まっていきな」

愛美は、欠伸をしながら自分の部屋へと入っていった。





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