第29話 悲しい別れ

「わたしが土門さんを殺したのよ!」

感情を抑えきれなくなったのか、小梢が声を荒げて泣き叫んだ。



僕は何もできなかった。





◇◇◇





「……、


土門さんを襲った連中は、その様子を動画にしてネットにUPしていたの。

だから、直ぐに犯人は補導されて、彼らの証言からわたしも事情聴取されたわ。


その結果、わたしは直接的な関与がなかったという事で軽い処罰で済んだけど、男子は保護観察等の厳しい処分を受けたの。


それから夏休みになり、わたしはその間、謹慎してた。


夏休み明け、二学期が始まったのだけど、クラスにわたしの居場所はなかったわ。


当然よね。



あんな酷い事に加担したんだから。



でも、それからの毎日は地獄だったわ。

クラス全員から無視され、皆がわたしを見る目は、汚いものを見るような目で……。


その時に分かったの。


ああ……、土門さんが見ていた光景は、きっとこんな風だったのだろうなって。



わたしは土門さんみたいに強くない。

そのうち学校へ行けなくなり……、いつしか死にたいと思うようになっていたの。

そして、自殺サイトで知り合った男の人と一緒に死のうという事になって……、お互いに名前も知らない同士、その人のアパートで自殺を図ったの。


その時、彼がセックスをしたことないっていうから、わたしも初めてだったけど、死ぬ前にしよう……、て。


それで経験したの。



でも、結局、わたしだけが死ねなくて、気が付いた時には病院のベッドの上だったわ。

その人も、わたしが殺したようなものだわ。


病院で、先生から遺書と土門さんの日記を受け取ったの。


わたしに渡してよいものか迷っていたみたいで、でも、わたしが自殺を図ったことで渡すことにしたって。


これが、その日記」





◇◇◇





小梢はバッグからノートを一冊取り出して僕に渡した。


「その日記に、水族館の遠足の日から死ぬ前日までの事が書かれているわ」


僕は、ノートを開いてみた。

中には一枚の写真……、中学生の僕が写った写真が入っていた。


最初のページを見ると、日付は六年前の遠足の日のものだった。




********************

xxxx年xx月xx日


今日、とても嬉しい事があった。

何時ものように、男子が私に意地悪をしている時、

同級生の森岡圭君が私の事を庇ってくれた。


あまり目立たない人で、これまで話したこともなかったけど、

今まで生きてきた中で一番、嬉しかったかも。


私は単純だ。


森岡君の事がいっぺんで好きになってしまった。


********************




「その日記、圭君の事ばっかり書いてあるの。

遺書に、その日記……、土門さんの代わりにわたしが圭君を見つけよう、て誓ったわ」


僕は、胸が熱くなる思いで聞いていた。もう、口をはさむ余地なんてなかった。


「それから、わたしは学校に復帰して、わき目もふらずに猛勉強したわ。

高校に入ってからも、毎日、毎日、寝る間も惜しんで勉強して、少しでも良い大学にって、圭君を見つけようって、頑張ったの」


そこで、小梢は呼吸を整えた。少し落ち着いたようにも見えた。


「東京に出てきた時、片っ端から東京中の大学を探すつもりだった。

それが、まさか同じ大学の同じ学部にいたなんて……、


わたしが、あの時、どんなに興奮したと思う?


きっと、土門さんがめぐり合わせてくれたんだと思ったわ」



「でも、どうして嘘なんてついたの?

最初から土門さんの事を話せば、小梢も無駄に苦しまなくて良かったのに」


「最初はそのつもりだったわ、でも……」


ここでまた、小梢は大きく息を吸って、呼吸を整える。


「圭君を見たとき、困ったことに気づいたのよ」


「困ったこと?」



「何度も、何度も、土門さんの日記を読んでいるうちに、自分でも気づかないうちに……

圭君の事が好きになっていたの」


「そんな……」


僕が何か言おうとするのを制して小梢は続けた。


「わたしは、土門さんのためと思いながら、実は自分のために圭君を探そうと考えていたのよ。

酷い話よ。わたしは土門さんの命を奪っただけで足りずに、彼女の恋まで奪おうとしたの。


圭君にデートに誘われたとき、自分がどんなに恐ろしい事をしているのか気づいたの。

それでも、なんとか自分を正当化できないか考えたわ。


でも、やっぱり無理……」




なんという事なのだろう?

今のままでは、小梢は僕と付き合う事なんてできないだろう。


小梢を正当化できる理由を見つけない限り、僕と本当の恋人同士になるなんて無理だ。そして、今の僕には小梢を説得できるだけの知恵も経験もない。


でも……。


「じゃあ、どうして今日、僕と……、その、したの?」


「区切りをつけようと思って、なんでも良かったのだけど、最後に圭君の温もりを感じたかったのかも、ホント、勝手だよね。わたし」



小梢は立ち上がると『やっぱり今日は帰るね』と言って帰り支度を始めた。


「日記は、圭君が持ってて。わたしは全部暗記するくらい読んだから」



「駅まで送るよ」


「ありがとう、最後まで優しいね、圭君は」



僕が立ち上がると、小梢は唇を合わせてきた。




僕も応える……。


キスが、こんなに悲しいなんて……。




僕が小梢と言葉を交わしたのは、この日が最後となった。





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