第9話 先生って童貞でしょ
土曜日。
僕は指定された住所へと赴いた。
タワーマンションが立ち並ぶ首都圏でも住みたい街として名前が挙がっている住宅地で、その一角にあるマンションが生徒の自宅だ。
僕は、緊張しながらマンションのエントランスにあるインターホンのチャイムを鳴らした。
「は~い、磯村です」
「あ、ぼ、わたくし、森岡と申します、家庭教師の……」
緊張してどもってしまう。
「あ、お待ちしてました。どうぞ~」
オートロックが解除され、自動ドアが開く。僕はマンションのエントランスを抜け、エレベーターへと乗り込んだ。
磯村家は七階だ。
703号室、僕は再びインターホンのチャイムを鳴らす。
「森岡です」
「は~い」と返事があり、すぐにドアのロックが外れる音がし、ドアが開いた。
顔を出したのは清楚で可愛らしい感じの婦人だった。
歳は……、菜美恵よりは年上だろう。けど、僕の母よりはかなり若く見えた。
娘が中学生という事で、推定40歳と言うところだろうが、菜美恵より少し上、三十代半ばの容姿だ。
それに、決して太っている訳ではないのに全体的にふくよかな感じがした。
「お待ちしておりました、さ、先生、入ってください」
「それでは、失礼します……」
リビングに通され、そこで生徒となる女の子と対面、なのだが、僕はその女子中学生を見て驚いた。
小梢に負けず劣らずの美少女だ。
「ヒナちゃん、先生がいらしたわよ、ご挨拶なさい」
ヒナと呼ばれた少女は僕を一瞥すると、『フンっ』という態度で、頭をペコリと下げた。
(こ……これは、あまり友好的じゃないな……)
「ワタシ、先に部屋に行ってるね」
「あ、ちょっと、ヒナちゃん、あなたも一緒に話を……」
母親の制止に見向きもせずに、少女はリビングを出ていった。
まるで小鹿のようにすらりと伸びた細く長い手足が眩しい。
おさげにした黒髪が揺れる様は、まさに鹿の尻尾みたいだった。
「まったく、あの子は……反抗的なんだから」
「あ……はは……」
僕は笑うしかなかった。
磯村家のオーダーは、
・娘の
・陽菜は、普段は大手の塾を受講しているが、サポートが足りていないので捕捉して欲しい
・特に、英語の強化と作文の指導
と言った内容だった。
彼女の志望校は超進学校として有名な私立の女子高だ。
そこに進学すると、ほぼ100%、長谷田と並ぶ超有名私大の啓蒙に進学できるとあって人気も高い。
塾だけで足らずに家庭教師まで雇っても十分に余りあるリターンという事だろう。
「先生、よろしくお願いしますね」
そう言うと磯村母は僕の手を握って、僕をじっと見つめた。
(うわ~~、お母さんの手も柔らかくて、スベスベしてる……)
顔が凄く近くまで来て、思わずドキッとする。
なにせ、相手は美人母なのだ。
「はい、一生懸命頑張ります! いや、頑張るのは陽菜さんか 笑」
「ウフフ、頼もしいわ」
磯村母に連れられ、陽菜の部屋のドアをノックする。
「陽菜ちゃん、先生入るわよ。
それじゃあ、先生、よろしくお願いします」
磯村母は頭を下げて、リビングへ戻って行った。
「陽菜ちゃん、入るよ」僕はドアを開けて、部屋に入る。
(う!)
部屋の中に、若い女の子の匂いが充満している……。
むせるような若葉の匂いだ。
「えーと、僕は森岡圭です。長谷田の一年生」
「知ってるー」
机に向かったまま、陽菜は答える。
(こ……これは、手強そうだ……)
よりによって、初めての生徒がイキナリの強敵とは、僕は自分の引きの悪さを呪った。
「先生ってさー、どこの出身なの?」
「僕は、島根県の波津町というところから来たんだ。東京から一番遠い町と言われているくらいの田舎だけどね 笑」
「なに、それ?
島根県って、砂丘がある……たしか日本海側でしょ?
それなのに、北海道や沖縄よりも遠いの?」
『島根に砂丘がある』は、島根県民にとって屈辱的なセリフだ。
僕はややムキになる。
「砂丘があるのは鳥取!
島根には出雲大社があるだろ、大学駅伝だってあるし、君は地理も苦手みたいだな」
ところが、陽菜は僕の挑発なんて気にしていない様子だ。しかも、これまで僕の方を見ようともしない。
それどころか、「ワタシ、あの学校に行きたくないんだよね」と陽菜は机に頬杖をついて言い放った。
「え、どうして? あそこに進学できれば、啓蒙にエスカレーターで行けるのに」
「だって女子高じゃん。3年間ずっと女の子ばかりなのよ、同級生は」
「何か問題でも?」
「はあ~、先生ってもしかして童貞?」
「な!」
まさかJCに童貞を馬鹿にされるとは思っていなかった僕は、言葉に詰まる。
「あ~、やっぱ、童貞だわ。先生にワタシの気持ちなんて分かるはずないよ。
もしかしなくても、『恋人いない歴=年齢』でしょ 笑」
痛いところを突かれたが、これに関しては僕は反論できるカードを持っている。
嘘の恋人だけど……。
「ば、ばかにするな。子供のくせに。僕にだって恋人はいるんだぞ」
僕の反論に、それまで机で肘をついていた陽菜が反応して、椅子をクルリと反転させると僕の方へ向き直った。
「うそ~、先生、絶対にモテなさそうだもん」
目を細めて、『アヤシ~』と訴えかけている。
「嘘なんか言うものか、本当に恋人がいるんだぞ」
「じゃあさ、証拠をみせてよ、写真とかあるでしょ」
フフン、と勝ち誇った表情で陽菜は座ったままなのに僕を見下ろした。
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