第8話 初めての生徒はJC

僕は、綾乃に連れていかれたレストランに居る。

が、想像していたものと違い過ぎて今、ピンチを迎えていた。


まず、メニューからして学生が来るようなお店ではない事が分かる。値段が、目玉が飛び出そうになるくらい高い。

僕は、メニューに目を泳がせ、一番安い料理を探した。


「森岡君は、こういうお店にくるのは初めてかしら?」



「はい、田舎には回転寿司やファミレスくらいしかなくて、ちょっと、どう振る舞えば良いのかパニックになっています」



「ウフフ、そういうところが、素直なのよ」

また、同じことを言われて、僕はつい怪訝な表情になる。



「あ、ごめんなさい、悪い意味に捕らえないで。素直というのは、自分を無駄に飾ってないと言う事なのよ」


そう言うと、綾乃は水の入ったグラスのステムを摘まむと、喉を鳴らした。

僕は、その細くて白い喉に、つい見とれてしまう。



「地方から上京した子、在京の子、いろんな子が家庭教師として登録してくるわ。

でも、みんな自分を少しでも良く見せたいと無理をするのよ。

でも、君にはそれがない」


綾乃は、まっすぐに僕を見つめた。

長いまつ毛の奥の瞳は、髪の毛と同じ栗色をしている。まるで宝石のようだった。

その美しさに目をそらすことができず、僕もまっすぐに見返してしまう。



「私の方で決めて良いかしら? 今日は私がご馳走するわ」

「え? でも、今日会ったばかりの人に奢ってもらうのは悪いです」

「フフ、遠慮しないの。君はまだ学生なんだから」

「はい、それでは遠慮なくいただきます、でも、バイト代が入ったら僕にご馳走させてください」


男のプライドなんてちっぽけなものに拘っている訳ではないが、ただ奢ってもらうのも気が引ける。僕の精いっぱいの誠意を伝えたつもりだった。



「じゃあ、期待しているわね。ちゃんとデートに誘ってよ」

「そ、そんな……、デートだなんて……、宮下さんのような大人の女性を僕がエスコートできる自信がありません」



また、何か言いたげに綾乃が僕を見つめる。



「違いました……」


「ん?」



今度は期待に満ちた瞳を、綾乃はぶつけてくる。


「ちゃんと誘います。僕にできる方法で……」


一度口にしたことを自信がないからと臆するのは、なんだか恥ずかし事のように思えた。ならば、行動を起こしてから恥をかけば良い、そう思ったのだ。




綾乃は、満足げに微笑んでニコリと笑う。


「さ、食べましょう。私はワインをいただくわ。森岡君は? 未成年だけど飲む?」


昨日、初めてお酒を飲んで少し気分が悪くなったことを思い出した。


「いえ、僕はやめておきます。宮下さんは、どうぞ飲んでください」




料理は、ディナー用のコース料理だった。僕は、生まれてこの方、こんなに美味しい料理を食べたのは初めてだった。




やっぱり、東京って凄い……






~・~・~




『カテマッチ』に登録して二日目、早くもマッチングした相手からオファーがあった。


そして、来週の土曜日に初めての仕事が決まった。いよいよ僕も家庭教師として他人を指導するんだと思うと、身が引き締まる思いがした。


「圭君、どうしたの? なんだかやる気オーラが出てるよ」


今日も僕は小梢と一緒だった。僕たちは学校の中では極力一緒にいるようにしている。でないと、小梢はすぐにナンパの被害に会うのだ。



「うん、バイト――家庭教師――なんだけど、最初の生徒さんが決まったんだ」


「圭君、バイトは家庭教師にしたんだ……。

生徒さんって、どんな子?」



「女子中学生、三年生かな」


「女の子……」



「どうかしたの?」



「ううん……、相手は子供だし、大丈夫だと思うけど圭君にはわたしという恋人がいるんだからね」


「あはは、さすがに中学生はないよ。ヤダな~、僕をロリコンか何かと間違ってない?」



「最近の中学生は大人びてるから、油断できない!

わたしって、ヤキモチ妬きなんだから」


(あれ? 僕たちって仮初の関係――嘘の恋人関係――のハズだけど……、何かおかしくない?)


ところが、僕が違和感を覚えているのを他所に、小梢は意外な行動に出た。


「そうだ、写真撮ろうよ、圭君」

そう言って小梢はスマホを取り出したかと思うと、すぐさまシャッターボタンを押した。



「あはは、急に撮ったのに、よく映ってる~」

彼女のスマホの画面には仲良く顔を並べる僕たちの姿が映っていた。



「圭君にも送るね」



スマホを操作する小梢を見ながら、僕の中の違和感は大きくなっていた……。





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