初めての。
延暦寺
誕生日
21歳の誕生日は彼女の家で過ごすことになっていた。1月の寒気の中、バイト終わりに向かうと、彼女はエプロン姿で迎えてくれた。高校卒業を機に付き合い始めて三年だが、いまだに冷める気配はない、と思う。いつだって彼女の方が飽きてしまうのではないかとおびえている。惚れた弱みってこういうことなのだと思う。どうしようもなく好きで、嫌われたくなくて。
彼女は夕食を作ってくれていた。メインはハンバーグで、僕の大好物。というと何だか子供みたいだけど、好きな物は仕方がない。玉ねぎベースのソースがたまらない。ハンバーグはデミグラスよりオニオンがベター。玉ねぎは何だって美味しくしてくれる。
時間をかけて、でも冷めないうちに味わった。普段はビールですらあんまり飲まないのに、今日はワインを飲んだ。ふわふわと心地よい。
食べ終わってからは何もすることが無くて、いや予定していることはあるんだけれどタイミングがつかめなくて、コタツに籠ってだらだらと駄弁っていた。
ふと思ったことがあって言う。
「なんかさ、21の誕生日って特別感薄くない?」
「そう?どういう意味?」
彼女はちょっと不満そうだった。
「ごめんごめん、そういうことじゃなくてさ。去年は成人式があったじゃん。そういう何かの節目みたいなのが無いよねってこと」
「あー、なるほど、そういうことね」
納得してくれたらしい。これは僕の言い方が悪かった。反省。言葉の選び方が僕の課題だと思う。
「こうやってだんだん歳を取ってくんだろうなあと思って」
「若いくせにどんな感傷に浸ってるのよ」
君だって同い年だろうに。
「そっか、気づいた時にはもう30,40ってちょっと怖いかも」
「うん。ほら、人生の体感時間って17歳がちょうど真ん中らしいじゃん?そう考えるともうあと半分切ったのかあ、って思うとちょっと悲しくてさ」
彼女は少し考えこんでから言った。
「じゃあ誕生日を記念日にしちゃえばいいんじゃないかしら」
「誕生日ってもともと記念日じゃなかったっけ……」
「そうじゃなくて!今年は大人になって一周年でしょ?」
「うん、そうだね」
「こうやって、毎年誕生日に何かを始めたら、次の誕生日はそれを始めた一周年になって、その時にまた新しいことを始めたら……」
「ああ、毎年何かの一周年になるってわけか」
面白いかもしれない。
「あ、でも……」
とここで彼女が難しい顔をした。
「今年は何にも用意してないよねえ」
と言って悩みだした。ルービックキューブとか呟いてるけどやめてほしい。僕にどんな期待してるのさ。
ちょっと笑って、でもすぐにそれが強張るのが分かる。手が震える。彼女から見えないように、ポケットから黒い箱を出す。
断られたら。
冗談だと思われたら。
まだ二人とも大学生。早すぎることは分かっている。
それでも、止まる訳にはいかなかった。
箱を持って立ち上がった。窓の方へ向かう。
「ちょっと、ベランダに出ない?」
声が震えたかもしれない。僕には分からない。彼女は怪訝な顔をした。
「どうしたの急に?」
そういいながらも、彼女もコタツを出て、コートを取りに行った。
ベランダはやはり寒かった。それどころでなくて気にはならないけど。
「綺麗な月~」なんて言って彼女は手すりにもたれた。僕もそれに従う。
それから少し静寂があった。彼女は重大な話であろうと感じたのか、もう「どうしたの?」と尋ねてくることはなかった。
「あのさ……」「あ!」
切り出そうとした僕の声と、空の一点を指さした彼女の声が重なった。彼女が振り返って笑った。花火みたいな笑顔だった。
「流れ星だよ!」
答える代わりに抱きしめた。
やっぱり大好きだと思った。
この人と生きていきたいと思った。
「ねえ」
「本当はもっと時間をかけるべきなのかもしれないけど……」
不思議と声は震えなかった。
「君のことが好きだよ」
「だから、大学卒業したら」
「結婚してくれませんか」
やっと彼女を離して、指輪を渡した。言い終わってから急に怖くなって、きゅっと目をつぶった。
「急に気障なこと言っちゃってさ、まったくもうずるいんだから」
掠れた声で彼女はそういって、今度は彼女の方から僕を抱きしめた。
「ダメなわけないじゃん」
ふわっと力が抜ける気がした。ちょっとよろめきそうになる。
良かった。安心して一気に酔いが回った気がする。
僕から離れた彼女はちょっと目が赤い気がしたけど、それより僕の方が大変らしかった。僕の目を覗き込んだ彼女が
「あれ、大丈夫?顔真っ赤だよ」
と心配そうだ。
「だいじょぶだいじょぶ」
と言ってみたけど、とりあえず部屋に戻ることにした。
結局僕はそのまま布団行きとなった。
「やっぱりお酒弱いよねえ」
と随分からかわれてしまった。締まらないなあ。
初めての。 延暦寺 @ennryakuzi
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