202話 自分から

俺はまず、一番に伝えなくてはいけない人を訪ねる。


俺が扉に近づくと、護衛の人のすぐに気づく。


「シルク様、マルス様がいらっしゃいました」


「マルス様が? では、通してください」


「はっ、かしこまりました。マルス様、お入りくださいませ」


「うん、ありがとう」


許可が出たので、扉をあけて中に入る。

すると、そこには椅子に座って俺を真っ直ぐに見つめるシルクがいた。

まるで、何を言われるかわかっているように。


「マルス様、こんばんはですわ」


「ごめんね、こんなに夜遅くに」


「ふふ、夜這いかと思いましたの」


「ち、違うよ! そんなことしたら、オーレンさんに殺される……!」


ただでさえ、キスしたことは内緒にしてるのに。

アレもばれたら、どえらいことになる……俺の身が危ないって意味で。


「多分、部屋に飛んできますわ。それで、どうしたんですの?」


「いや……本当は、これから婚約する君に言うことじゃないんだけど……それこそ、オーレンさんに殺されるかも」


「マルス様、遠慮なく言ってください」


その目は真剣で、全てを受け入れるという気配を感じた。

やっぱり、シルクも知っているのだろう。

だとしても、ここは俺が言うべきことだ。

少なくとも、シルクに言わせるのだけは違う。


「……リンに告白をされてね。恥ずかしいことに、俺は全然気づいてなかったんだ」


「リンが……あの子、ようやく……」


「それでね、俺はシルクが好きなんだ」


「は、はぃ……嬉しいですの」


俺の前世では一夫多妻は忌避されていた。

だから俺は、無意識のうちに考えないようにしていたのかも。

リンの気持ちに気づくと、前の俺の倫理観が出てきてしまうから。

ただ、 今の俺はマルスで……前世のことを言い訳にして、彼女達を傷つけるのは違う。


「正直言って、リンが好きとかよくわかってない。ただ、リンのことも大事だと思っている……シルクさえ良ければ、俺はリンの告白を受けたいんだ」


「ふふ、婚約したばかりの女性に言うことではないですわ」


「そ、そうだよね……ごめん、殴ってくれていいよ」


「そんなことしませんの。それに、マルス様が言ってくれて嬉しかったですわ。もしそうじゃなければ、流石の私も認めることはできませんから」


「えっと、それってつまり……」


「私はリンなら許しますの。あの子の気持ちは、ずっと知ってましたから。それこそ、出会った頃からずっと……」


そんなに前からだったんだ。

まだ記憶も取り戻してなく、ただ日々を怠惰に過ごしていた俺を、リンはずっと見守ってくれていたんだ。

自分のことは二の次にしてずっと……それこそ、俺が追放されても。

なんだ、あの時に答えは出ていたんじゃないか。


「多分、俺はリンも」


「マルス様、それは本人に最初に言ってくださいの。それに、ゆるしますけど婚約者にいう台詞ではないですし」


「そ、それもそうだね。でも、本当にいいの?」


「ええ、もちろんですわ。私はリンが好きですし、マルス様にはリンが必要ですから。それ以外だったら……排除しますけど」


「それは大丈夫、俺は別にモテないし。というか、シルクだってリンだって、俺にはもったいないくらいだ」


なにせ、前世では彼女なし人生の俺。

今世ではダメ王子の烙印を押されていた俺だ。

よくもまあ、こんないい子達が俺の側に居てくれるってものだ。

これでよそを向いたら、バチが当たるし。


「もう、相変わらず鈍感ですの。でも、それでいいですわ」


「うん? 何かあったの?」


「いえいえ、何もないですわ。それでは、タイミングはマルス様に任せますの」


「うん、わかった。それじゃ、明日伝えることにする。今度はこっちが、サプライズ返しってやつだ」


「あら、素敵ですの。私達、すっかり騙されましたし……ふふ、楽しみですわ」


「決まりだね。それじゃ、おやすみなさい」


俺が立ち去ろうとすると、シルクが椅子から起き上がる。


そして、恐る恐る近づいてきて……上目遣いで服の端を掴む。


これは、流石の俺にもわかる。


俺はそっと、シルクにキスをするのだった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る