190話 城下町にて

 そういえば……俺の転生した理由は、いずれくる聖女を救ったことだったっけ。


 だから、俺自身には使命なんかはなくて……別に好きに生きて良いと言われた。


 だから記憶を取り戻してからも、そうしようと思っていた。


 聖女が召喚されれば、世界は救われるって思ってたから。


 俺が何かをしなくても別にいいのかなって。


 ただ、こうした風景を見ていると……やっぱり、嬉しくはなるよね。


「シルク、歩いて行ってもいい?」


「えっ? 構いませんが……」


「ちょっと歩いてみたくてさ。この王都が、実際にどう変わったのか」


「……ええ、そうですわね。目立ちますから、気をつけていきますの」


「まあ、この子がいるからね」


 俺たちの足元では丸まったルリが寝転がっている。

 王族専用馬車とはいえ、少し窮屈そうだ。

 ちなみにリンに御者をやってもらい、ラビとシロはその横で景色を眺めている。


「キュイ?」


「ルリ、今から外に出るよ。ただし、俺達のいうことを聞くこと……いいかな?」


「キュイー!」


「よし、良い子だ。それじゃあ、行こうか」


 ついてきた護衛の方に馬車を預け、俺たちは城下町に降り立つ。

 すると、大人達が深々とお辞儀をしてくる。

 そして、子供たちはルリを見てはしゃいでいた。


「わぁ……! カッコいい!」


「違うわ! 可愛いよ!」


「キュイー?」


 ルリは注目を集めるのが気になるのか、興味深そうに辺りを見回している。

 しかし、決して子供達は近づいてこない。

 何故なら、親達が子供の手を離さないからだ。

 辺境では生まれた頃からいるし、みんなもすぐに慣れたけど……まあ、こっちが普通の反応だよね。


「ルリ、近づいたらダメだよ? ここは、辺境とは違うから」


「キュイー……」


「はいはい、よしよし」


「ルリちゃん、あとで遊ぼっ!」


「うん! 僕たちがいるから!」


「……キュイー!」


「「わわっ!?」」


 そしてシロとラビの周りを飛び回る。

 子供達と戯れあえないとわかり落ち込んでしまったみたいだけど、シロとラビがいてくれて良かった。

 辺境では、子供達に大人気だからなぁ……でも、そうじゃない場所もあるってことをわかってもらわないと。

 そうしないと、中には悪い人だっているかもしれない。


「マルス様、ここは私が見てますのでシルク様と前を歩いてください。しっかりと手を繋いでくださいね?」


「それは助かるけど……手を繋ぐの?」


「はい、迷子になっては大変なので」


「いや、ここは俺の庭というか……」


「シルク様は、王都を歩くことに慣れてないですから」


 ……そういや、シルクは基本的に王城から出ない。

 昔はよく、こうして外に連れて出して……その度に怒られていたっけ。

 その時は、確か……いつも手を繋いでいたはず。


「シルク、行こうか?」


「は、はぃ」


「いや、そんなに緊張されるとこっちもあれなんだけど……」


「し、仕方ないですの! むぅ……こんな大勢見てる前で恥ずかしいですわ」


 しかし俺が手を差し出すと、おずおずとシルクが触れる。

 そのまま、緊張しつつ歩いていると……以前、見かけたモノが減っていることに気づく。


「あれ? ……奴隷が減ってる?」


「確かにそうですの。私がここを出る前に見た感じとは違ってますわ。それに、私達が首輪をつけていないシロやラビを連れているのに……


「確かにそうだね。むしろ、好意的な視線が多い気がする」


「やっぱり、マルス様のしてきたことが功を奏したのだと思いますわ」


「そうなのかな? ……そうだと嬉しいけど」


「現に奴隷が減っているとお話を聞きましたわ」


 そんな中、商店街に入り……とあることに気づく。

 そこでは海産類や、生の肉などが売られていた。

 それに、パンケーキの出店もある。

 そして、皆が俺に気づくと……深々とお辞儀をしてくる。

 言葉は無くとも、その姿からは感謝の気持ちが伝わってきた。


「これもマルス様が氷魔法を開発したことや、セレナーデ国との交流をしたおかげですわ」


「……そっか」


「実感は湧いてきましたか?」


「うん、少しだけ……」


 全部、自分のためにやってきたことだった。

 自分が快適なスローライフを送るために。

 俺はそんなにできた人間じゃない……でも、感謝されるのは純粋に嬉しい。


「ふふ、昨日の食事会だって大変でしたの。マルス様に、みんなが興味深々ですし」


「そうなの? 変なのしか寄ってこなかったけど……」


「あれは敢えてですわ。マルス様の力を見せる必要もありましたから」


「ああ、そういうことね」


「ふふ、ちなみに……女性の方々には下がってもらいましたわ」


「そ、そう……」


 多分、聞かない方がいいやつだ。

 鈍い俺でも、それくらいはわかる。


「むぅ……残念ですか?」


「い、いや! そんなことないよ! ……俺にはシルクがいるし」


「は、はぃ……こ、こうして王都を歩くのはなん年ぶりでしょうね」


「あの時は十歳くらいだったかなぁ? めちゃくちゃ怒られて、それ以降はできなかったし。何より、シルクを危ない目に合わせちゃダメだしね」


「でも、私は嬉しかったですの。あの時から、私は民に目を向けることが出来た気がします……マルス様、感謝してますわ」


「そうして、聖女様が生まれましたってわけだ」


「も、もう! からかわないでください!」


「ははっ、ごめんごめん」


 ところで、ずっと気になっているんだけど……。


 どうして、民の皆さんは俺たちを見てニヤニヤしているのだろうか?


 何か、コソコソと話してるし……気になるなぁ。






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