185話 会場入り

 たくさん話をし終えたら、兄さんは仕事があると部屋から出て行った。


 俺も着替えの準備や打ち合わせ等があるらしいので、そちらの部屋に向かい……一人で退屈な説明を聞いた後、部屋のノックの音がする。


「はーい?」


「失礼いたしますわ」


「あっ、シルクに……リン?」


 ドレスを着たシルクの後ろで、リンが縮こまっていた。

 扉から顔を覗かせて、身体を隠している。


「あぅぅ……シルク様ぁぁ」


「リン、情けない声を上げないでください。会場では、もっと沢山の方々に見られるのですから」


「わ、わかってますけど……これ、恥ずかしいんです」


「着慣れていないから仕方ありませんわ。大丈夫ですの、そのうち慣れますから」


「ねえねえ、なんの話? リンはどうして隠れてるの?」


「ほら、マルス様が呼んでますわ」


「うぅ〜……わかりました」


 観念したのか、リンが俺の前に出てくる。

 するとそこには……赤のドレスを見にまとったリンがいた。

 デコルテや肩も出て、大きな胸が強調されている。

背が高くピシッとしてモデルさんみたい。

 一つだけ言えるのは、めちゃくちゃ綺麗だってことだ。


「おおっ……」


「ふふ、マルス様、どうですか?」


「へ、変ですよね!?」


 シルクの目線が俺にくるが、流石の俺だってこれはわかる。

 というか、嘘をつく必要もない。

 だって、素直に綺麗だって思ったから。


「いや、綺麗だよ。紅い髪にも似合ってるし」


「ふえっ!? そ、そんなことありませんっ!」


「いやいや、ほんとだって」


「うぅー……マルス様のくせに生意気な……普段はそういうこと言わないのに」


「そ、そうですわ……私も、ここまではっきりいうとは思いませんでしたの」


 ……確かに。

 普段の俺なら、照れ臭くて言えなかったかもしれない。

 ……多分、リンが昔みたいな感じだからかな?

 あの時もこうして、ビクビクしてたよね。

 それが今じゃ、立派な女性に成長して……なんか、嬉しくなったのかな。


「ふふん、たまにはやるのさ。シルクも、瑠璃色のドレスがよく似合ってるよ。うんうん、相変わらず可愛い」


「あ、ありがとうございます……も、もう! 計算違いですわ! ……私達がドキドキしてどうするんですの」


「ええっ!? なんで怒られるの!?」


「し、知りませんわ! ……とにかく、そろそろお時間なので行きますの」


「あっ、そうなんだ。んじゃ、晩餐会に行きますか」


 そのまま部屋から出て、三人で並んで歩く。

 そきて会場が近づいた時、二人が俺の両脇に腕を絡めてくる。

 流石に俺も、これには動揺を隠せない。

 両腕からフニフニした素晴らしい感触ガァァァ!?


「ちょっ!!!!」


「こ、声が大きいですわ」


「そ、そうですよ、私たちだって恥ずかしいですから」


「な、なにこれ?」


「周りをよく見てください……貴族の方々が見てますわ」


 周りを見ると、確かに色々な人達が俺たち三人を見ていた。

 貴族、兵士、子供達なんかもいる。


「こうすれば、変な女性は寄ってこれませんわ。それに、マルス様に紹介しようって貴族の方にも牽制になりますし」


「私がいる理由もそれです。後は獣人である私と中良く見せることで、これからの陛下の市政に対する意識を示しています」


「ふんふん……まあ、よくわからないけど良いや。俺にはシルクとリンがいれば良いし」


「「ふえっ!?」」


「ん? 何か変なこと言った? 俺って、基本的には女の人って得意じゃないし。二人が守ってくれるなら安心だね」


 舐めてはいけない。

 こちとら前世も含めてモテない人生を送っていた男なのだ。

 そもそも、女の子と話すのは緊張します。

 小さい頃から知ってる二人は別として……無論、それだけじゃないけどさ。


「そ、そういうことですの」


「ま、全く、困った方です」


「はは……ごめんなさい」


 そして扉に近づくと、衛兵の方に止められる。


「マルス様ご一行ですね?」


「はい、そうですわ」


「かしこまりました……マルス様ご入場でございます!」


 その瞬間、扉が開き……大勢の人たちの視線が向く。


 いよいよ、会場入りか……よし、兄さんに恥だけは欠かせないようにしないと。


 それが、散々迷惑をかけてきた末っ子にできる唯一のことだ。

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