184話 ロイス兄さんとの時間

 俺が先に風呂を浴びて、部屋で一人ぼっちで待っていると……。


 コンコンと、ドアのノックの音がする。


「はーい?」


「………」


「あれ? 気のせい?」


「あぁー、マルス……私だ」


「ロイス兄さん? 入って良いですよー」


「う、うむ」


 そして扉が開き、ロイス兄さんと宰相のルーカスさんが入ってくる。

 ロイス兄さんの顔は、眉間にシワが寄って何やら怒っているように見えた。

 ……いや、待て……確か、あれは別に怒ってないとか言ってたね。

 前世の記憶を思い出した今ならわかる気がする。

 多分、兄さんは不器用な人なんだと。


「どうしたの? 何か用かな?」


「何か用がなくてはいけないか?」


 するとルーカスさんの肘が、兄さんの脇に刺さる。


「いたっ!?」


「そのような言い方ではダメだと仰ったじゃありませんか」


「わ、わかってる、だが……」


 その姿を見ていると、今までロイス兄さんの印象が変わる。

 ほんと、今までの俺の目は曇ってたみたいだ。

 ずっと、兄弟だから面倒を見てくれると思ってたから。

 多分、これも離れたからわかることなんだね。

 いくら記憶を取り戻しても、ここにいたらわからなかったに違いない。


「ううん、そんなことないよ。ただ、珍しいからどうしたのかなって」


「まったく、マルス様の方が成長してるじゃありませんか」


「グヌゥ……いや、なんだ……元気か?」


「まあ、見ての通り元気かな。というか、謁見の間であったじゃん」


「あれは国王として会ったのだ。今の俺は……ただの兄として聞いている」


 その顔は少し不安そうに見える……本当に今まで何を見ていたのだろう?

 この人、めちゃくちゃ不器用なだけかも。

 きっと……俺たち兄弟のために、しっかりせざるを得なかったんだ。


「そっか。うん、おかげさまで元気にやってるよ。あっちにいる仲間や、リンやシルク達と一緒に。あと、ライル兄さんやライラ姉さん達とね」


「そうか、あいつらも元気か。ライルは相変わらず馬鹿をやってるのか? 何やら、他国の王女に惚れたとかなんとか」


「うん、相変わらずって感じ。そうそう、いやー色々と大変だったんだよ?」


「なるほど。では、その辺りのことを聞かせてくれるか?」


「では、お二人共席に着きましょう。ずっと立ち話もなんですから」


 そこで気づいた、ずっと立っていることに。


 俺とロイス兄さんは、顔を見合わせ笑いあうのだった。


 こんな風にロイス兄さんと穏やかに話す日が来るなんて思ってなかったね。






 ◇


 その後はお茶をしながら、主に俺のやってきたこと、そして出来事を説明した。


 それを兄さんは頷き、時に質問し、たまにルーカスさんが問いかけ、ゆったりとした時間が過ぎていく。


 俺も楽しくなってきて、馬鹿みたいにはしゃいで話す……まるで、子供が父親に話すように。


 そうだ、ロイス兄さんは俺の父親代わりもしてくれていたんだ。


 そんなことに、今更ながらに気づく。


「まあ、そんな感じで楽しく過ごしているかな」


「そうかそうか、みんな元気なら良い」


「ロイス様、お楽しみのところ申し訳ありませんが、そろそろ本題に入りませんと時間が……」


「なに? もうそんな時間が経ったか? ……本当だ。まったく、国王というのは暇がないな」


「はは、ご苦労様です。それで、本題って?」


 時間を見ると、一時間が経っていた。

 こんなにロイス兄さんと話したのは、初めてことだった。


「ル、ルーカスッ! マルスがご苦労様と! これは事件だっ!」


「……酷くない? 俺だってそれくらい言うよ……言ったことなかったァァァァ!」


「ほら! みたことか! 兄を労われ!」


「わわっ!?」


 立ち上がってげんこつをしそうな兄さんを、ルーカスさんが止める。

 ふぅ、アブナイアブナイ。


「落ち着いてください、お二人共。ロイス様、あとできちんと聞きますから。さて、話が進まないので、私の方から説明いたします」


「う、うむ」


「うん、お願い」


「別に難しい話ではありません。この後行われる食事会にて、ロイス様と仲良く談笑してくれればいいのです。ちょうど、今のように」


「ああ、そういうことかぁ。つまり、俺と兄さんが仲良いことを貴族達に知らせるってこと? そうすれば、余計な茶々も入らないと」


 すると、ロイス兄さんの顔が驚愕に染まっていく。

 うん……何をいうかは、もうわかるし。


「ル、ルーカスッ! マルスが政治について理解を……」


「はいはい、違うから大丈夫だよ。さっき、そんな内容をシルクに言われたからさ」


「ほほ、流石はシルク嬢ですな。我々の言いたいことを先回りしてくれるとは」


「な、なるほど……やはり、彼女しかおらんか」


 うんうん、シルクが褒められるのは嬉しいね。

 だって、あんなに頑張ってるんだもん。


「あと、なんか女の子が寄ってこないようにするとか何とか……」


「いやはや、参りましたね……彼女には頭が下がります」


「全くだ、婚約破棄をさせないでよかった……オーレンに頭を下げた甲斐があったというものだ」


「えっ? そ、そうなんだ?」


 流石に、その話は知らなかった。

 きっと、今までも知らないところで謝ってたのかもしれない。


「まったく、こっちは苦労しているのだぞ?」


「ご、ごめんなさい」


「まあ、良いさ」


「ならば、特にいうことはございませんね。彼女に任せておけばいいでしょう」


「うむ、あとでお礼を言わねばなるまい」


「ええ、そうですな。では、お時間はあるので、もう少しの間ゆっくりして良いですぞ」


 そうして予定を変更し、俺と兄さんは再び雑談をするのだった。

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