170話 その立場になってみて
その後、二人を追って厨房に向かってると……。
「それで、何が目的ですか?」
「ん? どういうこと?」
先を歩く二人にバレないように、リンがこっそりと耳打ちしてくる。
「いえ、急に思い立ったみたいなので……特に何も考えてなかったとか?」
「いやいや、リン……俺を舐めてもらっちゃ困るよ? もちろん——何も考えてないのさ」
「はい、そうですか。それでは行きましょう」
「ねえ? 冷たくない?」
俺の言葉を無視して、リンが先へと歩いていく。
なので追いかけて、その服の裾を掴む。
「わ、わかったから……!」
「ふふ、ドヤ顔をしているからですよ。それで、何がしたいのですか?」
「うーん、そこまで考えてるわけじゃないけど……お茶会でもしようかなって」
このギスギスしたまま別れるのは、後のことを考えても良くない気がする。
だったら、一度無理矢理にでも引き合わせた方が良い。
……あんまり口を挟まないって決めたばかりだけど気になるし。
「なるほど……では、私はシルク様とそちらの手配をしてきましょう」
「あっ、それもそうだね。あれは、あっという間にできるし……じゃあ、お願いできる?」
「ええ、もちろんです……ふふ、相変わらずですね」
そう微笑み、リンが踵を返して去っていく。
頬をかきつつ、それを見送り……俺も厨房に向かうのでした。
というわけで、厨房にて調理開始です!
……といっても、特に難しいことはない。
「師匠、まずは何をしますか?」
「わたしにもできるかな……?」
「うん、そんなに難しいことじゃないから。まずは、フライパンに油とバターを入れて火にかけます」
「「ふんふん」」
ラビとシロは真剣な表情で、同じようにシンクロして頷く。
その仕草がとても可愛らしい。
俺ってば末っ子だし、なんだか妹ができたみたいだよね。
「その間に、乳を用意します。あと、卵もね。この二つをかき混ぜます」
「僕もやります! そういえばパンが硬いから、よくつけて食べたよね」
「うん! 特にわたしは硬いの苦手だもん」
この世界のパンは、基本的に西洋風のパンだ。
いわゆるフランスパンのような硬いものが主流である。
日本では、食パンをフレンチトーストにするのが多いが……。
個人的には、フル ランスパンで作るのが一番美味いと思う。
「そうだね。あとは、これをフライパンで焼くだけ……」
「わぁ……簡単です!」
「これなら、わたしにもできるよ!」
「ふふ、だから言ったでしょ? すごいシンプルだけど、これが美味いんだよ。あとは、両面に色がつくまで焼くだけだし」
話しながらも、バターの良い香りが辺りに立ち込む。
「「ワクワク」」
「……じゃあ、ちょっと見ててね」
二人を微笑ましく見つつ、俺は別室にあるハチミツを取りに行く。
そして、壺を丁寧に抱えて戻ってくると……。
「ラビちゃん!」
「うん!」
「「いっせーの——せっ!」」
二人が同時にフライパンを持って……パンをひっくり返した。
それは見事に決まり、半回転して元の位置に戻った。
「シロちゃん! わたしにもできたよ〜!」
「見てた! 上手上手!」
「えへへ! お料理も楽しいですっ!」
……相変わらず微笑ましい光景ではあるが。
少し、疎外感を感じるマルス君でした。
「二人とも、良い焼き色だね」
「はい! ありがとうございます!」
「えへへ、実はわたしも料理を覚えようとしてたんです」
「そうなんだ?」
「えっと、みんながいない間は寂しかったので……紛らわすために、料理を一緒に作ろうって」
「あとルリちゃんも寂しがってたから、なるべく一緒にいるようにしてたんです」
なるほど……二人が以前より仲良くなったように見えたのはそれか。
どうやら、同時に自ら……強くなりたいと願ったらしいし。
「二人とも、ルリのことありがとう。もう、すっかりお姉さんだね」
「はい! 僕もお姉さんです!」
「わたしもお姉さんなのですよ!」
俺は微笑ましく感じ、二人の頭を撫でるのだった。
……俺も、こうしてもらうと嬉しかったっけ。
まあ、俺の少年時代の場合は褒められたもんじゃないけど。
「えへへ……僕、ここに来れてほんとよかったです!」
「わたしも! すっごく楽しくて幸せなのです!」
「そっかそっか……」
その言葉に、不覚にも目頭が熱くなってくる。
偽善的な行動だったけど、やって良かったって思えるから。
「これも、師匠のおかげです!」
「ご主人様、ありがとうございます!」
「いやいや、俺は大したことしてないよ」
「そんなことないです! 僕、もっともっと美味しい物を作ったり、強くなって……師匠に恩返しがしたいです!」
「わたしもです! もっとお手伝いしたり、強くなって……ご主人様のお役に立ちたいです!」
「……よーし! じゃあ、どんどんフレンチトースト焼いてこうか! ほら! もう焦げちゃうよ!」
「わわっ!?」
「た、大変なのです!」
こんなこと言われて……可愛いし、見守ってあげたいって思っちゃうよね。
……兄さんや姉さんも、俺に対してこんな風に思っていたのかなぁ。
兄さんは厳しい方で苦手意識があるけど、あっちに行ったらしっかり話さないとね。
あとは姉さん……お節介だとは思うけど、少しは恩返し出来ると良いな。
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