168話 シルクとゼノス

 その後、リンとシルクと合流して……事の経緯を説明する。


「そうですか……難しい問題ですね」


「お兄様が、そんなことを……」


「ごめんね、もしかしたら傷つけてしまったかも」


 言葉にはしなかったけど、姉さんのことを悪くは思ってたなさそうだった。

 いや、というより……これ以上首を突っ込むのはやめておこう。

 あのゼノスさんが俺に隠しきれないほど、その想いは強いのかもしれないから。


「いえ、マルス様がお気になさることじゃありませんの。お兄様も、良い歳ですから。そろそろ、身を固めませんといけないですし。あんなですけど、フリージア王国の次代を担う侯爵令息ですから」


「そっか……そういえば、シルクと同じこと言ってたね。もし俺とライラ様がくっ付いたら、力をつけ過ぎちゃうって」


「……そうですか」


 すると、シルクがなにかを考えて……部屋に沈黙が漂う。

 どうしたんだろ? 何か変なこと言ったかな?


「マルス様、少し散歩に行きましょう」


「リン?」


「こういう時は気分転換が良いかと。明日には王都に行きますし、もう一度領内を回った方が良いですし」


「そうですわね。前回は私が一緒に行きましたから、次はリンを連れて行くのは良いですわ。獣人の方々も、安心するでしょう」


「シルクはいかないの?」


「ええ……ふふ、私ばかりマルス様と二人きりじゃ悪いですの」


「シ、シルク様! マルス様! 行きますよ!」


「わわっ!? 引っ張らないでぇぇ! リンの力は強いんだからァァァ!」


 おれはそのまま、リンに部屋から連れ出されるのでした。






 そして、どうせならと領内を散策する。

 確かにリンがいることで、獣人の人達が安心して話しかけてくる。

 別にシルクも信頼を得てるけど、こればっかりは仕方ないかなぁ。


「さて、一通り回りましたが……何かやり忘れたことはないですか?」


「やり忘れたこと……うーん、本当だったら放牧とかを始めたかったんだけどね」


「そうですね。覗いたら、結構準備が出来てきましたね」


「うん、俺たちが街道整備をしてる間にヨルさん達が頑張ってくれたみたい。もう始めても良いタイミングだけど……王都に行かなきゃだし、レオやベアの力が必要だしね」


「ですね。となると、王都から帰ってきたタイミングがベストですか」


「うん、そんな感じになる……ん?」


 やり残したこと……いや、何かしたいことがあったのにしてないことがあったような。

 というか、なにかをずっと忘れているような……。


「どうかしましたか?」


「いや、何か作りたいものがあったような……あっ!」


 そうだ、ずっと作ろうと思って作ってなかったものがある!


「思い出しましたか?」


「うん! リンのおかげだよ! あれは作っておいて損はない!」


「ちょっと!? はぁ、仕方ありませんね」


 俺はリンをおいて、領主の館へと走り出すのだった。





 ◇



 ……リンには感謝ですわ。


 リンとマルス様を見送った私は、一人でお兄様の部屋へと向かいます。


「お兄様?」


「おっ、シルクか……まあ、入れよ」


「はい、失礼いたしますわ」


 扉を開けて中に入ると……顔を赤くしたお兄様がいた。

 珍しく、酔っ払っているみたいです。


「すまんな、少し酒が入ってる」


「いえ、平気ですの。それより……その……」


「ああ、わかってる。さっきのマルス様のことだな?」


「はい、マルス様が気にしてましたの。その、余計なことしたかなと」


 マルス様は優しい方だけど、少し鈍感なところがありますし。

 ……少しではないかもしれないけど、それを補うのが私の仕事ですわ。

 何より……私にも責任があります。


「いや、良い機会だったさ。あの野郎も、あれくらいじゃないと口を割らないしな。ある意味で、マルス様で良かった。あれがライルだったら……ライルが俺に気を遣ってしまうから」


「……お兄様」


 やっぱり、お兄様はライラ様のことが……。

 きっと上の世代の方々には、私達の知らない歴史があるのでしょう。


「そんな顔をするなよ。なに、こうなることはわかっていたさ。わかっていて、それでも楽しんできたんだ。ライラ様に、バランとライルとな」


「ですが……予定通り、私がマルス様と婚約破棄をしていたら……もしくは、私がマルス様と婚約しなければ……」


 お兄様がライラ様を好きかもしれないと気づいた時……私の頭によぎった。

 お兄様が、私のためにも身を引いたのではないかと。

 もし私がマルス様と結ばれなければ、お兄様がライラ様と……そんな未来もあったかもしれない。


「……まあ、そんな未来もあったかもな。隣国から灰燼のライラと恐れられているあの方と、魔法剣士である俺が国境を守るという未来も。それなら、国境の守りも万全になる」


「……はい」


「まあ、実はその話もなくはなかった。マルス様が……力を隠したままだったらな。国境を守るには力が必要だ。だから、お前が嫁に行って……おい」


「すみません……私がわがままばかり言ったから……マルス様と婚約破棄したくないとか、マルス様と領地を継ぐとか……自分のことばかり考えて嫌になりますの」


 気がつくと、私の目から涙が出ていた。

 我ながら、なんと情けないことでしょう。


「泣くなって。俺が死んだ母上に怒られちまうよ……お前を頼むって、最後に言われたんだから」


「で、ですが……」


「ったく、少しは成長したかと思ったが……」


 すると、お兄様が優しく私を抱きしめる。

 まるで、幼かった頃のように……。


「お兄様?」


「こうしてやるのはいつ以来か……ふっ、まだまだ子供だな。大丈夫だ、それとは関係なく俺は納得している。ライラ様の気持ちはわからないが、少なくとも俺よりバランの方がお似合いだ。その家柄も、その人柄もな。何より、あいつはライラ様以外とは無理だろうよ」


「……そうでしょうか。お兄様は、私の自慢ですの」


「ありがとよ。そして、お前とマルス様もお似合いだ」


「ど、どういうことですの?」


「いや、自分勝手と言いながら……人のことを気遣ってる点とかな。お前は、マルス様の側にいろ。これは親父の決めたことであり、兄としての願いだ。お前には苦労をかけた……母親のいない中、お前が頑張っていたことは皆が知ってる。俺や親父が気にせず動けるように、随分と我慢をさせてきた。だから、せめて好きな男と幸せになって欲しい」


「……お兄ちゃん」


「おっ、懐かしいな……シルク、俺はここを去る。王国を支えるセルリア侯爵家の者として、引き続きマルス様を支えろ。それが、俺や親父に報いることになる」


「……はいっ!」


 私は涙を拭いて、顔を上げた。

 それが、お兄様が求めていることだとわかったから。


「よし、良い顔だ。んじゃ、マルス様にお前のスリーサイズを教えてくるかな。さっきの抱き心地からいって……ふむ、体だけは大人か」


「っ〜!? お、お兄様!?」


「ふはは! ではな!」


「ま、待ってくださいませ〜!」


 部屋を出て行くお兄様を、必死になって追いかける。


 ……お兄様、ありがとうございます。


 私はセルリア侯爵家の者として、父上とお兄様に恥じない女性になりますわ。






 ~あとがき~


 皆さま、いつも本作品を読んでくださりありがとうございます。


 近況報告には書きましたが、本作品の二巻が五月十七日に発売が決定いたしました。


 今回は加筆二万文字近くあり、新規イベント追加、オリジナル展開ありとなっております。


 よろしければ、買ってくださると嬉しいです。


 売上好調により、本屋で手に入らない場合もあるのでご予約が確実かと思われます。


Twitter等で情報の公開や告知をしてますので、よろしければ覗いてみてください。


 https://twitter.com/@sumeragi0550


それでは、引き続きよろしくお願いいたします。

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